09.新たな馬鹿
婚約破棄すると困るとはどういうことだろうか。こちらとしてはデメリットしかない内容であるが、フェイル殿下達にとっては選べる選択肢のはずなのに。
「あの、選択権はフェイル殿下にあると思うのですが」
「それが実際にはないんだよ。馬鹿な弟の所為で」
何だろう、このこっちの国と同じ状態なのは。でも捨てるとか言わない辺り、そこまでの状況じゃないのか。でもそうなると一体どんな問題を抱えているのやら。
「えっと、まずは婚約破棄するとどんな問題が発生するか教えて貰えますか?」
「婚約依頼が大量に舞い込んでくる」
「別に困るようなことでは」
「十や二十くらいならいいさ。下手したら百を超える」
三桁は幾らなんでも多過ぎるな。でもそれだけ優良株だと思われているのではないだろうか。こっちの殿下とは比較にもならない。それとも条件がこっちと似ているのだろうか。
「一体、フェイル殿下の弟さんはどんな問題を抱えているのですか?」
「女性第一主義だ。犯罪者ですら罪を不問にするくらいの。だが言い寄らず、身体を求めている訳でもない。そんな人物だよ」
「それは王位継承から外されますね」
そんな人物が王に就いたら大変なことになる。まず女性の権力が一気に高くなり、男性が排除される可能性が出る。そして女性の発言を鵜呑みにして情報が錯綜。果ては戦争になることもあるか。
「それだと姫様と婚姻するのは大変なのでは」
「いや、弟の女性第一位はアリス姫で間違いない。ただ二位が全ての女性となっているだけ」
果てしなくどうでもいい。これには後ろに控えているミサさんとライザさんも微妙な表情をしている。婚約者がそんな状況を見せられたら愛想尽きるかもしれないぞ。
「もしかして勘違いしている女性が大量にいるとか?」
「そういうこと。だから婚約破棄するとどうでもいい女性達が蟻の如く群がってくるのさ。処理するだけでも大変だよ」
婚約者がいるというのが最終防衛ラインとして機能しているのか。そしてそれが無くなれば一気に攻め込まれる。しかもこの世界は重婚が当たり前のように認可されている。何人抱えることになるのか。
「そして発言力が増す貴族が増える。こっちとしては喜ばしい状況に転がるとは言えないんだよ」
「事情は何となく分かりました。ですが弟様は元からそのような性格だったのですか?」
「そっちの姫様が原因」
おうふ。予想外のカウンターが飛んできたぞ。あの姫様は俺達以外にも厄介な状況を作り出していたのかよ。そっちの才能、凄いな。
「アリス姫の理想のタイプがこれに載っているような人物なのさ」
差し出された一冊の本。というか事前に準備していたのかよ。えっと、題名は『勇者英雄譚』と書かれているな。うん、予想が付いた。
「あの馬鹿姫が」
「理想なのはいいけど、そんな完璧超人が存在するわけないのにね。真に受けるうちの弟もそうだけど」
ペラペラと捲ってみると主人公の性格は流石物語と言いたくなる内容だな。女性に優しく、自分に厳しく。そして危機に陥っている女性全てを救う内容。現実的に考えてないわ。
「一人の女性の為に国相手に喧嘩を売るとか本当にやらかした勇者っているんですか?」
「当然のことながらいないよ。居たら勇者は危険人物扱いしないといけないよ」
それもそうか。自分達の脅威を排除してくれる存在なのに、自分達の脅威になる存在に変わってしまったら本末転倒だ。それにそこまで自分の力を過信する勇者も多分だがいないだろう。
「それにしてもこの本の主人公は一体何人の女性を救っているんですか?」
「さぁ? 僕も馬鹿らしくなって途中で読むの止めたからね」
つまらない内容であっても本を開いたのならば全てに目を通すようにしている。読み終わった後の疲労感は段違いだけど。しかし一体何人の女性を救っているのやら。
「そして最後は一人の女性と結婚して幸せに暮らしましたと。絶対に女性から刺されますね」
「やっぱりそう思うよね。救うのは間違いじゃないけど、その後の対応が酷い。良い雰囲気にまでいって、別の女性がピンチだと今の女性を捨てて救いに行く。しかもその後は前の女性の描写すらない」
色々と問題ありの作品だと思うけど、それに感化される馬鹿姫は一体何なんだろう。
「つまり弟様は女性は全て救う、または愛でる対象であることが、馬鹿姫の理想だと思い込んでいる」
「どちらかというと、お姫様は一途なタイプだと思っているよ。本物の勇者を呼び出したのも、馬鹿弟の噂を聞いたからじゃないかな」
まぁそんな状況だと婚約者がいるのに色々な女性を口説いているという噂が出ても不思議じゃないな。なら本物の勇者を呼び出して比較してみようと考える馬鹿姫もどうかしているけど。
「内情を知っている人間としては、アレスの国だけを責められないんだよ」
「平和な世界なのに、上に立つ人間が愚かすぎる」
「訂正すると近親者だね」
魔物の危険性も、戦争への発展具合も少ない。なのに王族の家族が馬鹿な事をやらかし過ぎている。頭痛いなぁ。
「それで馬鹿弟と、馬鹿姫を問題なくくっ付ける方法は考え付いているかな?」
「もう国からの強制でいいんじゃないですか?」
そうすれば労力を割かないで円満解決になる。いや、円満と程遠いのは分かる。ただ話を聞いているだけでひたすら疲れたんだけど。
「先の事を見越すと不安しか残らないから却下。仲睦まじい関係になってくれないとまた問題を起こしそうじゃないか」
「否定は出来ませんね」
問題の根本は全て二人の恋愛関係だからな。今ですらボロボロな状態な上に、婚姻しても変わらないとなると何をやらかすのか想像もできない。
「馬鹿姫については問題ありません。今日の懇親会で我が方の勇者から興味は失せると思います。青年を利用することになりますが、彼にとっても今回のイベントは喜ばしいことではないかと」
「主にどうするんだい?」
「懇親会で勇者となればほぼ主役のような立場でしょう。周りから注目を浴び、女性からも言い寄られる。それを青年が拒むと思いますか?」
「あの様子だと思えないね。ちょっと貴族連中に言い含めておこうかな。会話までならいいけど、手を出しては駄目だと」
「手を出したら、青年引き取りおめでとうございます、ですからね」
「だからいらないってば」
多分だけど、手を出したとしても引き取ってはくれないだろう。そこら辺は王族だ。一声とはいかなくても、何かしらの交渉で貴族から手を引かせることだって出来る筈。
「推測で一途な馬鹿姫がそんな光景を見たらどう思いますか?」
「まぁ愛想を尽かす可能性は高いだろうね」
「出来ればそこで弟様が馬鹿姫をフォローしてくれると助かるんですけど」
「なるほど。主役が彼になれば馬鹿弟に擦り寄ってくる女性も少ない。そこで彼との違いを見せつければ馬鹿姫も馬鹿弟の方に偏るか」
上手くいけばそうなる。上手くいかなければ、それこそ国の力で強引に結婚させてくれ。しかしこの計画にも問題点はある。代表的な所で弟さんの行動だ。
「フェイル殿下が他の女性に良い顔をするなと言って聞き入れてくれる方ですか?」
「それが出来ていたら苦労しないよ。耳に胼胝ができる位には言っているんだけど」
兄であるフェイル殿下ですら無理となると後は国王陛下のみかな。それでも頑固に拒否するとなると相当だ。それにフェイル殿下がその方法を使っていないとも思えない。
「そうだ、琴音から説得してくれないかな。女性のいう事なら耳を貸すかもしれないからさ」
「母親にでも頼んだらどうですか?」
無茶言うなよ。こっちは中身男で女性の気持ちなんて分からないんだぞ。それに女性ならば母親の方が距離が近くていう事を聞いてくれる可能性だってあるだろ。
「無理だったから言っているんだよ。僕も同席するから何とか頼めないかな」
「……分かりました」
他国の殿下のお願いを断れるはずがないだろ。表情を変えないミサさんも、分かり易く表情を変えているライザさんの心情が手に取るように分かるよ。かなり同情されているな。
「良かった、良かった。おーい、誰か。馬鹿弟を此処に連れて来てくれないかな」
おい、馬鹿弟と公言していいのかよ。俺ですら馬鹿姫とは大っぴらに公言していないというのに。
「気を付けることってありますか?」
「特にないよ。さっきも言った通り、女性には甘々だから。何を言った所で怒ることもないよ」
それはそれで問題だよな。殺され掛けても許してしまうのではないだろうか。そして甘い言葉を吐くと。そりゃ勘違いする女性が増える訳だ。そして左程待たずに問題児がやってきた。
「おぉ、美しい女性が三人もいらっしゃるとは思いませんでした。お待たせして大変申し訳ございません」
「……殿下ぁ~」
予想通り過ぎてテーブルに突っ伏してしまった。やる気なんて微塵も起きない。他国のしかもそこまで重要でない俺達に意味もなく頭を下げる他国の王子が何処にいるんだよ。
「うん、気持ちは痛いほど分かる。分かるけど、頑張ってくれないかな。ほら、馬鹿も座れ」
馬鹿と言われてウキウキと座ってんじゃない。言われ慣れているであろうが他国の人間にそんな姿を見せるな。せめて反論位しろよ。
「自己紹介が遅れました。フェリクスと申します。お三方のお名前をお聞きしてよろしいでしょうか?」
「琴音です。後ろに控えている侍女がミサ。騎士がライザと言います」
流石に他国の王子相手に侍女や護衛騎士が喋っていい訳ではないから代表して俺が答える。しかしまだ左程話していないけどよく分かるな。この人は王の器ではないということが。
「ねっ、馬鹿でしょ」
「私がそれを肯定することは出来ません」
「いいよ。ここでは立場は関係ない私的な場所だから。思ったことを正直に言っても問題ないよ」
「なら、率直にお答えしましょう。確かに馬鹿ですね」
「いやはや、恐れ入ります」
お前の事だっていうのに肯定するなよ。頭の痛さ加減ではフェイル殿下と一緒だろう。確かにこんな人物だと頭を抱えたくなるな。
さっさと爆弾でも投下するか。
「姫様が失望するのも分かりますね」
「えっ?」
「そうでしょう。婚約者というものがおりながら他の女性に色目を使う。そんな方を姫様が慕うと本当にお思いなのですか?」
「ですがアリス姫から頂いた本には全ての女性を守る英雄の話がありました。私はそれを参考にしているのですが」
「それは物語です。全部を肯定するのは違います。そもそも守るにしても限度があります。貴方が本当に守りたい存在は誰ですか?」
「アリス姫です」
そこだけはブレないのが凄いよな。だけど行動が駄目な方向に向かっているのも確かだ。色んな女性を優遇していたのでは本命から呆れられるのも納得できる。本命がべた惚れ状態ならまた話は変わるが。
「ではお聞きします。隣に姫様が居て、貴方はそれでも他の女性を優先するのですか?」
「それがアリス姫の理想なら」
「そもそもそれが間違いだと言っているのです」
「な、何ですって!?」
いや、そこで驚くかよ。こんな話、兄であるフェイル殿下だって何回も言っていることだろうに。本当に男性の話は一切聞かないのな。
「女性の立場から言わせれば嬉しくない状態である事は明らかです。そうですよね、ミサさん、ライザさん」
「発言を許されるのなら。私から言わせれば侮辱されていると思います」
「興味がないと思われていると感じますね。私もそんな方はちょっと」
ミサさん、ライザさんの順に発言し、その内容にショックを隠せない馬鹿弟。そうか、女性から面と向かってこんなことを言われた経験がないのか。
「私が出会った女性は素晴らしいと言ってくれていたのだが」
「王族相手に本音を言える相手は限られていますからね」
「よく言った!」
フェイル殿下は満面の笑みで答えてくれるけど、何で俺がそんな役目をしないといけないんだよ。フェイル殿下が誰か他の女性に頼めばよかった内容じゃないか。俺である必要性は微塵もないだろ。
「そ、それじゃ俺はどうすればいいんだ」
やっと素が出てきたか。むしろあれがキャラ作りであったのが驚きだよ。努力はしているんだろうけど、方向性が間違い過ぎている。
「今回の懇親会に出席するのでしたら真っ直ぐに姫様の隣に行ってください。他の女性に声を掛けられてもです」
他の目的もある。青年への牽制だ。青年も姫様へ向かう可能性だって零じゃないからな。
「あとはダンスなどに誘われても断る事。もし断れない相手だったら姫様に許可を取ってから行ってください。もちろん最初に誘うのは姫様ですよ」
優先順位を間違えては駄目だ。誘われたからとホイホイ付いていったら隣にいる女性はどうなる。他の男性に誘われて別々になる可能性が高くなってしまう。
「あとはそうですね」
俺の話に真剣に耳を傾けてくれるのはいい。ただ俺は何でこんな話をしているのだろう。元々勇者召喚についての弁明が目的じゃなかったのか。何で恋愛指南みたいなことをやっているんだよ。
それとフェルトさん、何処行った!
違う世界に来ても恋愛相談を受ける主人公。
そして何故か主人公には恋愛フラグが立たない不思議。
取り敢えずこの国でやることはこんな感じですね。