05.お仕事の話をしようか
まさかの外交官就任。しかも国のトップである王様まで許可を出すという暴挙。絶対に俺の能力とか度外視で面白いからという理由でやっただろ。何だろう、親友たちに似ている気がしてきたぞ。だから俺からも要望を言おう。
「では私の労働条件でも決めましょうか」
「ある程度なら叶えられるが、法外なものは無理だぞ」
「別におかしなことを言うつもりはありません。そちらが強要したことなんですから。取り敢えず条件を、飲め」
有無を言わせる気はない。一方的に告げられたのだから、俺からの意趣返しだ。大体今から俺が言う事は一般的な事だと思う。
「第一に給料は絶対に払ってください。貨幣価値はまだ分からないので、外交官の基本給でお願いします」
「その位であれば大丈夫だろう。第一という事は他にもあるのだな?」
「当然です。第二に、休日が欲しいです。流石に他国へ行っている間は無理でしょうが、こちらに帰って来た時は自由が欲しいです」
「となると城から出ることも考えているのだな」
「それが第三の条件です」
いつまでも城の中にいたのでは息が詰まる。偶には城下町なんかを散策したいと思うじゃないか。あとは給料を貰って色々と買いたいとも考えている。全てを支給されるのは確かに有り難いが、俺の好みと合うとも限らない。
「外出に関しては誰かと一緒に行ってくれ。それがこちらからの条件になるだろうな」
「逃走の可能性ですか?」
「それもあるが、問題が起きないとも限らないだろ。それに琴音はまだ自衛の手段を持っていないからな」
「確かに。と言うかこの一か月でそれら全てを取得するのは無理なんじゃないですか?」
一般知識、魔法の使い方、武術の体得とかやることが多過ぎる。あとは姫様と青年の監視と、担当者からの報告を聞くこと。最初の国へ行く前にこの二人が接触するのは危なすぎる。
「一か月間、姫様と青年を別々に閉じ込めておくことは可能ですか?」
「それだと本当に幽閉になるから無理だな。ただ琴音が言いたいことも分かる。嫁ぐ前に傷者にされたら目も当てられないな」
しかも姫様から誘ったとかなら擁護も出来ん。勇者という存在に盲目的な恋をしている姫様ならやりかねない。そして青年が拒否するのは絶対にないと思う。ハーレムに憧れていると思うから。
「接触はなるべく避けるようにさせる。絶対に二人っきりの状況にしないのも確約させてもらう」
「友好国が敵対国に変わらないことを願うしかありませんね」
「願うのではなく、我々の力でそれを阻止するのだ」
まぁ運頼みではなくこちらの行動自体でどうとでも動く案件だからな。激しく乗り気じゃないけど。雇用したいと言われたなら素直に喜ぶが、それが国だと知ったら困惑するだろ。しかも拒否権無しのおまけ付き。
「全力を尽くさせてもらいます。ただし私はこの世界に骨を埋める気はないことも理解してください」
「時間は掛かりそうだがな」
時間が掛かる所か帰れる見込みすら立っていない状況だ。ハッキリ言ってこれは俺の願望でしかない。いつかは覚悟を決める日が来るかもしれないが、今はそれを考えないでおこう。モチベーションが保てなくなってしまう。
「何なら私の妻になるか?」
「ご冗談を」
つい鼻で笑ってしまった。これだとまるで琴音だな。そして目に見えて殿下が凹んでいらっしゃる。別に俺でなくてもいいだろ。王子様なら選り好みなんて幾らでも出来るはずなのに。
「殿下にも婚約者位いるでしょう?」
「……いないのだ」
「は?」
「だからいないと言っている!」
えっ、マジで。だって王族だよな。幼少期から結婚する相手なんて決まっていて当然じゃないのかよ。姫様が学園に行っていたのなら殿下だって行っている筈。出会いだってあっただろう。
「何で?」
「勉学に忙しかった」
そう言えば王様になる為に色々と励んでいたんだったな。それで青春を棒に振るったと。周囲の者達もそっちの考えなしで能力を上げることしか考えていなかった。この人の女性関係、どうなっているんだよ。
「でも今でもそういった話は来るでしょう?」
「来てはいる。来てはいるが拒んでいる」
「だから何で?」
「年齢一桁や五十を超えている女性ばかりではどうしようもないだろ!」
「不思議と同年代位の方々からのお話は来ないのですよね」
この世界は一体どうなっているんだよ。年齢の近い者達は全員身を固めたのだろうか。そして残ったのが殿下と。大穴も良い所だろ。
「ご参考までにお聞きしたいのですが、琴音様の年齢はお幾つですか?」
「十七歳です」
「それでしたら何の問題もありませんね」
「問題大有りだから!」
ミサさんまで乗って来たよ。何で仕事の話をしていたはずなのに婚姻の話になっているんだ。しかも召喚された俺が。俺はさっき骨を埋める気はないって言ったよな。
「ですがこのままだと跡継ぎが」
「就職の次に私の結婚まで決めないでください! 終いには私はこの国を出ますよ!」
「この話は終わりにいたしましょう」
逃げ口があって本当に良かった。心底残念そうなミサさんだが、そんな顔をされても絶対に頷かないぞ。元の世界ですら女性なのか男性なのか曖昧で、恋愛なんて考えていなかったというのに。
「そういうミサさんはどうなんですか?」
「妃などという大役が私に務まるとは思っておりません。むしろ足を引っ張ると思っていますのでご遠慮しておきます」
そういう考え方もあるか。ミサさんだって若そうに見えるんだから殿下とは釣り合いが取れそうだと思ったんだけどな。あとは生まれの問題もあるか。基本的に貴族か、上流階級でもないと厳しいのかもしれない。
「何故、私はモテないのだ」
「魅力を感じないとか?」
俺の言葉にドンヨリと沈んでしまった。うん、機嫌を悪くさせていないが、凹ませてはいるな。顔もいい、地位もある。この世界の女性は殿下の何が不満なんだろう。不思議だ。
「好きな人とかはいないのですか?」
「居たらこんな状況になっていない」
そりゃそうか。殿下からの求婚を断れるような人物などあまりいないだろう。それこそ身分など全てを投げ捨ててでも好きな人と添い遂げるという覚悟がある人だけだ。
「前途多難ですね」
「先程の意趣返しか。やるな」
そりゃ生活の全面的な保証を約束しておいて、たった五日で反故にされたんだからな。この位はお茶目だと思ってくれ。大体初対面の人物に婚姻を勧めるなよ。
「さて雑談はこの位にしておくか」
逃げたな。まぁあまり本人としては話していて楽しくないものだっただろう。こっちとしては弄りがいのある人物だと思った。
「急に講師を招くのは相手の予定もあるから当面はミサから学んでくれ」
「至らない点もあるかと思いますが、どうか宜しくお願い致します」
やっぱり城に務めて長いのかな。そして学が無いとこういった場所にいることも出来ないのか。侍女と言うより秘書というほうが当て嵌まりそうな人物だよな。
「自衛の手段はこちらで手配しておく。予定では騎士団の副団長に依頼する予定だ」
「予定は合うのですか? それとどのような人物なのかさっぱりサッパリ分からないのですが」
「男性と女性では戦い方に差異があるからな。同性である点で選ばせてもらった。それに部下たちの教育をしているから教え方については大丈夫だろうという判断からだ」
なるほど。確かに力に優れているわけではないから戦い方も変わるか。ただこちらの世界と俺との身体的な違いとかはないのかな。
「副団長は強いのですか?」
「この国に副団長は二人いる。男性と女性でな。男性の方よりも強い。そして騎士団長と良い所まで戦えるほど強い」
突っ込んでいいかな。騎士団長は一体どんな化け物なんだよ。それに喧嘩を売って青年はよく生きていた。ヤバい、何か不安になってきた。
「魔術については少し待ってほしい。学園から講師を招く予定にしている」
「いいですよ。何でもかんでもこの一か月に詰め込んでも殆ど中途半端になりそうですから」
一般教養、武術、他国の情報、姫様と青年の監視とやることが多過ぎる。それに魔法なのか魔術なのかよく分からないものまで詰め込むのは厳しい。基礎的なことはミサさんに確認してみよう。
「外務部へは制服が出来上がってから顔を見せるようにしてくれ。今行った所でやることなど無いからな」
「今回の騒動で外務部の人達の反応は?」
「当然だが、頭を抱えている状況だ」
他国との交渉がメインになるというのに、こちらが不利になる手札が増えたのだ。そこを突かれたら窮地に陥るのは目に見えている。何より一番の問題として最初に出てくる案件だろう。しかもどう言い繕ってもこちらが悪いのだ。
「責任者は馬鹿妹を殴ろうと部屋を後にしようとしたらしい」
「そして部下達が必死に止めたんですね」
「その通りだ」
気持ちは分かる。その行動だけでも俺としては評価できる。実際にやらかすと首が飛ぶだろうが。しかも物理的に。でもそもそも原因が姫様にあるんだから、そこまでの厳罰は出来ないかな。
「ノンビリと仕事が出来る環境ではなさそうですね」
「修羅場だ」
そこに放り込まれる俺はどうすればいいんだよ。何も分からない新人が行っていい場所ではない気がする。むしろ邪魔だろう。ただ召喚された立場としてはメインとして扱われるんだろうなぁ。嫌だなぁ。
「元から楽して生きていませんでしたが、更に状況が悪くなった気がします」
性格に難があって評価どん底の元の世界。そっちは半年掛けて大分まともな方向にまで修正出来ていた。友人も出来て、家族からも信頼されるだけの存在にな。
異世界でまた一からやり直しだとは思っていなかったけどな!
ここまでが序章となっております。
長いプロローグだと思ってください。
次の話から他国へ移動します。そしてこの話が出来たから投稿を覚悟しました。
活動報告でコメント(プレッシャー)を頂いた皆さん、ありがとうございます。