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マルシャ、薬の準備をする 「あ~若いってのはいいことさね」

 長く住んだ王都から旦那の故郷に移住して半年ほどした頃に、懐かしい顔が神殿にやってきた。初めて会った頃のガイウス坊やったら、そりゃあ痩せっぽっちでかわいい男の子だった。なのに今じゃあ、でっかくなっちまって可愛げの欠片もない。鑑定した後にぴいぴい泣いてた男の子がこんな無精ひげまみれの巨体になるなんざ、あの頃のあたしにゃ想像もできなかったよ。あの頃のあたしゃ王都でも有名な鑑定者でね、美女鑑定者ってことで新聞に載ったこともあるんだよ。ガイウス坊やも鑑定中は真っ赤な顔してたもんなのにねえ。


 そのガイウス坊やと、中央森林の麓の村でばったり会うなんて思ってもみなかったよ。よくよくガイウス坊やの後ろを見ると、小汚いコートを着たのがいるじゃないか。ああ、ガイウス坊やもやっと弟子を取ったのかなんて、ちょいと感慨深くなったもんさ。けどねえ、どう見てもそいつは子供じゃなさそうだ。あたしゃ子供ならいいけどさ、小汚い男の匂いなんて誰が好んで嗅ぎたいだなんて思うのさ、まったく。スルリと硬貨を握らせてくるなんて、ガイウス坊やもすっかり大人の男になっちまったんだねぇ。


 しょうがないから神殿に招き入れて、いざ匂いを嗅ごうとしたらびっくりしたさ。小汚いコートの下にいたのが女だったからね。陽に焼けていない肌におきれいな手。そんな女が大人になっても鑑定を受けていないだなんて、こいつはどう見てもやっかいごとの匂いがするもんさ。そうだろ? お貴族様なら12になると同時に鑑定するもんじゃないか。

 やっかいごとを持ち込んできたガイウス坊やに、あたしが多少いらっとしてもしょうがないんじゃないかい?

 そう思ってちょっと乱暴に匂いを嗅いだなら、ますますこの女が怪しく思えたさ。


 今まで嗅いだことのない匂いしかしないのさ。


 これでも王都で人気の鑑定者を30年張ってきたマルシャ様さ。この国で一番人口の多い王都でさ。そのあたしが嗅いだことのないスキルなんて、もうありゃしない。どんなスキルでもすぐにわかるってもんさ。……そうさ、これまではね。

 しかもこの女、すぐに悲鳴を上げては笑い転げようとする。

 大人にしてはちょいと考えられない無防備さね。こいつは色々と不自然すぎる。


 頭のてっぺんから匂いを嗅いで、首筋、腹、背中、脇、そして脚と足裏。そこまで匂いを嗅ぎ終わる頃になって、ようやく何だか形がもやもや見えてきた。

 急いで木炭で紙に書き出してみて、あたしゃびっくりしたさ。──このスキルの書き出しってのは、いまだに書いてる最中はあたし自身でも不思議に思うが──何だか勝手に手が動いちまうのさ。


 見たこともない聞いたこともないスキルが二つもいっぺんに出てきた。

 こんなことも初めてさ。


『メシマズ』

『メシマズ耐性』──『メシマズ』に耐えうる特性。『頑健』、『毒耐性』、『麻痺耐性』、『眠り耐性』、『混乱耐性』を併せ持つ。


 しかもまあなんて大変なスキルだろう。確かに『健康』と『頑丈』──それぞれ病気になりにくく異常をおこしにくい『健康』と、怪我をしにくいし力も強くなる『頑丈』──を併せ持つ『頑健』のようなスキルはないわけじゃない。だがね、五つ、実質は『頑健』も含むんだから六つものスキルを内包するものは初めて見たよ。


 このスキルは、探索者にも勿論だが、貴族様だって喉から手が出るほど欲しがるだろうね。それこそ(さら)って子供を産ませるなんてことだってあるだろうさ。


 ……別にあたしゃ言いふらしたりはしないさ。けどね、王都の協会へ届け出てから、この娘が無事でいられるとも思えない。あそこはあぶれた貴族の三男や四男以下がごろごろいる。そりゃあマトモな職員だっているさ。けどね、何とかして貴族に返り咲きたいなんていう奴らだっているんだ。ショーコに子供を産ませて連れて帰りでもしたら、まあ間違いなく跡継ぎの座が転がりこんでくるだろうさ。


 せっかくガイウス坊やがあたしのいる神殿に来たのも何かの縁さ。こうなったら、もう一つのスキル『メシマズ』を解明して、少しでも安全に動けるようにしてやんなきゃならないだろうね。



 あたしら『スキル鑑定』は人の匂いを嗅ぐ。たくさんの人のさ。でね、これは鑑定者しか知らない秘密なんだがね、匂いでそれとなくその人間の本性なんかがわかっちゃったりもするもんさ。良からぬことばかり考える奴は苦い臭いがするもんだし、人を傷つける奴は錆びた匂いがする。うちの旦那なんかは若い頃は、馬鹿だし頑固だし貧乏だし、見た目もそんなにいい方じゃなかった。けどね、誰よりも優しい匂いがしたから、あたしゃ押しかけ女房までして結婚したんだ。今でも誰よりも優しい匂いがするとびきりの旦那さ。


 ガイウス坊やは、真っ直ぐな匂いだったね。スラムの出なのによくもまあ、あれだけ真っ直ぐな匂いでいられたもんさ。だからだね、あたしがガイウス坊やを気に掛けたのは。子供には真っ直ぐ育ってもらいたいじゃないか。

 そしてショーコだね。この娘にも驚かされたよ。なんて甘い匂いがする娘だろうね。三つになる前の子供のような甘い匂いさ。いい年をした大人が失くしちまう匂いさ。誰かを傷つけようとか出し抜こうなんて考えたら、もう二度とこの甘い匂いはしなくなっちまうものさ。うちの子も、小さい頃はこんな匂いがしてたもんだね。だからだろうね、肩入れしたくなっちまうのは。

  でもまあなんったって、ガイウス坊やが女に優しくするところなんてものも、初めて見せてもらったんだからね。できる限り、助けてやろうじゃないの。



「ねえ、あんた。うちの竈を貸すから何か作ってみてくれないかい?」


 ショーコはだいぶんこのスキルに参ってるみたいだがね、ここではっきりさせなきゃ危ないのはあんたさ。何にもしないのは一番の悪手さ。


「おい、マルシャ。ショーコはこのスキルで酷い目にあってきたんだろ?さすがに無神経だぞ」

「何言ってんだい。役に立つスキルが手に入るなら、これほど有用なスキルはないだろ?」


 過保護になってるガイウス坊やがうるさいけど、ショーコ、腹をくくんなよ。これからのあんたの進退がかかってんだからね。


「わかりました。竈を貸してください」


 うん、思ったよりも根性のあるいい子じゃないか。そうだよ、自分のスキルをよく知らないってのは、何より怖いもんだからね。ここであんたのスキルをきちんと確認してけばいい。




 あーこりゃ無理だわ。

 神殿の裏手にあるあたしの家の竈を貸したのはいいけどさ、こりゃ無理だわ。

 ショーコに火の使い方を教えて、簡単なスープを拵えてもらったのはいいけど本当に無理だわ。


 水。

 肉。

 ウマ草。

 それに塩。


 あたしもよく作る肉のスープさ。ショーコの手順を見てたけど、何一つおかしなやり方なんてしなかったさ。火を通したウマ草は、普通なら薄いオレンジ色になるものさ。肉の脂が表面に浮いた、うちの旦那の大好きなスープさ。

 けどさ、今、うちの竈のうちの鍋の中は、薄気味悪い緑色になっちまってなんだかゴポゴポいってる。なぜか具も溶けたのか変にドロリとして酸っぱい臭いまでしてる。

 ショーコには悪いけど、これはあたしにはとてもじゃないが食べられないね。

 

 でもさ、ガイウス坊やが「俺には『頑健』と『毒耐性』があるから、そうそう死ぬようなことはないから」なんて言って、ショーコのスープを食べるのを見て悟ったね。



 さて、と。薬の準備をしておいてやろうかね


「あ~若いってのはいいことさね」

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