しょう子、覚悟を決める 「わかりました。竈を貸してください」
あれ?
何で異世界なのにこの言葉があるんだろう……。
覗き込んだ紙には木炭で黒々と『メシマズ』と『メシマズ耐性』の言葉が書かれていた。
みみずののたくったような初めて見る文字なのになぜだか普通に言葉が読める不思議よりも、そこに書かれている言葉に固まった。
「あんた、どこから来たんだい?」
マルシャさんが訝しげな目をして見つめてきた。
「一度に二つもの新スキルが発現するなんざ、あたしゃ見たことないし聞いたこともない。……しかもこの『メシマズ耐性』はおかしすぎる」
「マルシャ、そこまでだ」
ガイウスが強い口調でマルシャさんを押し止めた。
「探索者協会条項1-1だ。もちろん鑑定者としての義務を忘れてはないだろう?」
「……そりゃそうだけどさ……って条項の1-1ってまさか!?」
「ああ──ショーコは異世界人だ、多分」
ガイウスとマルシャさんがやり取りするのを、私は上の空で聞いていた。
メシマズ。
異世界に来てまでこの言葉があるなんて……しかも自分のスキルにまでなっているなんて……。
肩に置かれたガイウスの手の温もりがなければ、きっと喚き散らしていたかもしれない。グラグラとする意識の中で肩の温かさだけが確かなものだった。
「まいったね、こりゃ……そりゃおかしなスキルがあっても不思議じゃないってわけだね」
「このことは秘密にしてほしい」
「誰に言ってんのさ、腐ってもこのマルシャは鑑定内容を他人に一度たりとも漏らしたことなんてないさ!『真贋』にかけられても真っ白さ!」
「マルシャのことは信用しているが、事が事だ。……しかしこの『メシマズ耐性』というのは凄まじいな」
「ああ、あたしも鼻を疑ったさ。だけどね、確かにこれだけのスキルに間違いはないさ」
「ショーコ、この『メシマズ』って言葉の意味を知っているのか? おい、ショーコ!」
ガイウスに揺さぶられて、はっとした。『メシマズ』の意味まではわからないみたい…………だけどガイウスはどう思うんだろう。
気が重い。
この世界にはコンビニなんてないし、ファミレスもコーヒーチェーンもない。基本的には女性が旅しないってことは、家で炊事をするんだろう。
そんな世界で『メシマズ』だなんて、誰が好きになるんだろう。ガイウスは、『メシマズ』の意味を知っても馬鹿にしないだろうか。この先王都へ行くのに、野営をすることだってあると思う。そんな時に、食べられないものしか作れないなんてわかったら、ここで放り出してしまわないだろうか。
言わないでいても、料理をしたらばれてしまう。旅をしていて、頑なに料理を拒む足手まといと、『メシマズ』のせいで料理できない足手まとい。どっちがマシかなんて考えたら、後者のがきっとまだいいのだろう。自分の中で打算がぐるぐると回る。
机の上の紙に目を落とすと、色々書き込まれている。
『メシマズ』
『メシマズ耐性』──『メシマズ』に耐えうる特性。『頑健』、『毒耐性』、『麻痺耐性』、『眠り耐性』、『混乱耐性』を併せ持つ。
マルシャさんの言うとおり、『メシマズ耐性』がいろいろと酷い。つまりは『メシマズ』にそれだけの効果? がきっとあるんだろう。
ガイウスを信じたい。
しっかりしなくちゃ。
落ち込んでなんかいられない。
ガイウスに心配をかけないようにしなくちゃ。
そう思ったばかりじゃない。
隣りで心配そうにしょう子を見ているガイウスを確認して、勇気を奮い起こした。
覚悟を決めて口を開く。
「私は、料理が下手なんです……下手というより、私が作る料理は私以外食べられないみたいなんです」
それから、過去にクッキーを焼けば歯が折れるようなものになったこと、ケーキを焼けば異臭騒ぎになったことまで一気に話した。しょう子自身は食べられるのに、しょう子が料理したものを他の人は不味くて食べられないことを。
最初は、たかが料理が下手なだけ? という様な顔をしていた二人が、しょう子の話を聞いて徐々に納得した顔をしだした。
「ちょいとあたしには信じられない話だけど……スキルになってるならありえる話でもあるねぇ」
「俺は信じるさ。干し肉を美味いなんて言ったのは、ショーコぐらいしか見たことがない」
「干し肉なんかを美味いって言ったのかい!? さすがにそれは普通ならありえないよ!
──ああ、確かに『メシマズ耐性』ってわけだね。
ところでさ、『メシマズ』なんてスキルがあるんなら、あんたの料理を食べ続けたらこの『メシマズ耐性』スキルが手に入るってことかい?」
マルシャさんがいいことを思いついたとばかりに手を打った。そうしてしょう子の顔を覗き込んだ。
「ねえ、あんた。うちの竈を貸すから何か作ってみてくれないかい?」
「おい、マルシャ。ショーコはこのスキルで酷い目にあってきたんだろ?
さすがにそれは無神経だぞ」
「何言ってんだい。役に立つスキルが手に入るなら、これほど有用なスキルはないだろ?」
マルシャさんの言葉に、ガイウスが続けようとした言葉を詰まらせた。
しょう子は驚いてマルシャさんの顔を見た。まさかそんなことをマルシャが言い出すとは思ってもみなかった。そっとガイウスを見ると、苦々しそうだが、マルシャさんの言葉に一応は納得しているような顔をしている。
確かに、これだけの耐性を得られるのならありなのかもしれない。
もしかして、私も役に立てるのかもしれない。
「わかりました。竈を貸してください」