ガイウス、ショーコを心配する 「おい、どうしたショーコ。顔色が悪いぞ?」
街道の外れで採取を教えようと思って、どうやらショーコに何らかのスキルが発現していることに気がついた。
採取する草全てがよく似た毒草に変わってしまうなんて、なんと不憫なスキルだろうか。
これじゃあ、王都で働くと言っても職の多くは制限されるだろう。
探索者協会では依頼で草を受け渡すこともある。探索者としても協会職員としても無理だろう。
農業でもムシコナサ草なんかを扱う。
畜産もヨサ草がモサ草に変わったりしようものなら大問題だ。
飲食関係なんてもっての他だ。
見た目もそこそこ悪くないし性格も素直だが、ショーコはこの先苦労するだろう。
なあ、おっちゃん。
どうしたらいいと思う?
頭の中でガハハと笑うおっちゃんに聞いてみる。
拾ったからにゃあ、面倒見んとなあ。
おっちゃんならそう言うんだろうなあ。
村が見えてきた。
ここは辺境一体の流通をまとめる場所にもなっているせいで、西果ての村よりはるかに大きい。村の周囲も木塀ではなく立派な石壁だ。中央森林のすぐそばにあるから、魔物への警戒も怠らないように兵士も派遣されている。そのおかげで簡易神殿も建築されているわけだ。兵士にはスキルの確認義務があるからな。
田舎にしてはそこそこ立派な石造りの建物が神殿だ。
俺たちは村に入ってすぐの簡易神殿の扉を叩いた。
「おやまあ、ガイウス坊やじゃないか」
扉を開いたのは、恰幅のいいおばちゃん神官のマルシャだった。──もっさりとした黒い神殿のローブを着ているのじゃなきゃ、その辺の農家のおかみさんにしか見えない。赤みがかった茶色の髪に深い灰色の瞳。そして恰幅のいい……豊満な体をしている。王都にいるとばかり思っていたから、こんな村にいるなんてびっくりした。
ちなみに、俺のスキル鑑定をしてくれたのもマルシャだ。当時はきれいなお姉さんだったんだがな……。スキル鑑定の後にぴいぴい泣いたことをいまだにからかわれるので苦手だ。それにもういい年になったっていうのにまだ坊や扱いまでしてくる。
「マルシャ、ついに王都から左遷か?」
「おやガイウス坊やじゃないかい。やあねえ、旦那がそろそろ田舎に帰るって言うから異動したのよ。で、今日は何の用だい? 後ろに連れてるのは、やっと弟子でもとったのかい?」
「まあ、そんなところだ。こいつの託宣をしてくれ」
皮肉を投げかけてみるけれど、あっさりとかわされた。マルシャには口で勝てる気にはなれない。
硬貨の入った小袋をぐっとマルシャに突き出すと、ふーんとマルシャはショーコをじろじろと見回した。
「ずいぶん年のいった弟子だね。ひ弱そうだし、探索者なんて大丈夫かい?」
ショーコの肩がきゅっと緊張した。
「弟子じゃなく、ちょっと王都まで連れて行く必要があるんだ。あまり人には言わないでくれ」
小袋とは別に、銀色の硬貨をマルシャの手の中に滑らせた。
ちらりと手の中の硬貨を確認したマルシャは、半身をずらして俺たちを神殿に招きいれた。
神殿の中は、そんなに広くはない。せいぜい宿の二人部屋の二倍ってところだ。部屋の中央には丸椅子がポツンと置かれ、壁際には机と椅子がある。丈夫な石で造られ、壁一面に布が飾られている。布には一面に刺繍がされている。
刺繍の内容は、人がスキルを得るまでの伝説だ。
はるか昔、人はもっと少なく、そして最も弱い生き物だった。
狩りに出ても滅多に獣を取ることもできず、採取しては毒にあたり、畑は獣や魔物に食い荒らされた。何も無抵抗のままでいたわけじゃない。必死に抵抗はしたが、それでも世界は獣と魔物のモノだった。
しかしある時、一人の少女が『スキル鑑定』のスキルを得た。──それまでも、スキルらしいものを発揮する人間がいなかったわけじゃない。おそらくスキルであろう不思議な力の昔話なんかごろごろある。だが自分に何ができるのかを正しく知るということは、人が生きていくことに、増えることに大きく関わった。
そして、スキルは子孫に伝わりやすいことも判明した。それまではわからなかったスキルが幾つも判明した。そうして『統率』のスキルを持つ者によって率いられた人間が国を興し、『真贋』のスキルを持つ者によって法が作られ、人々の国が栄えることになった。
この最初の少女の子孫の一人がマルシャだ。代々受け継がれる『スキル鑑定』で、各地の神殿に勤める一族の一人。
だがなあ……この『スキル鑑定』、ちょっとする方もされる方も恥ずかしい。マルシャが鑑定相手が子供じゃないと不機嫌になるのもしょうがない。
マルシャはショーコを部屋の中央にある丸椅子に座らせた。そうして、絶対にしばらくの間は動くなときつく言い含めた。
不安そうな目でショーコがこちらを見てきたので、俺は大きく頷いて安心させてから背を向けた。
さすがに見るのは偲びない。
「え……あ、ちょ、ちょっと……ひゃああああああ」
「静かにおしっ! 暴れるんじゃないよ」
「そんなとこ……あ、ひゃああ……だ、だめええぇぇぇ」
「ほら、観念おし!!」
俺は居たたまれない気持ちで、ショーコの悲鳴とマルシャの怒声を聞き続けるしかなかった。
ショーコは、教会の部屋の中央にある丸椅子から滑り落ちた姿勢で息を荒くしていた。目尻には涙が光り、身体は小刻みに震えている。
「ひ、ひどい……」
「ったく、辛抱が足りない娘っ子だね。だけどガイウス坊やも娘っ子ならそうだと早く言わないかい!!てっきり男だと思っていたじゃないか」
マルシャがぷりぷりと怒りながら、紙に木炭で文字を書き綴っている。
さっきまでショーコは、マルシャに体中のあらゆる所を嗅ぎまわられていた。──比喩表現の、探られるという意味ではなく、マルシャの鼻で頭のてっぺんから足の先までくまなく匂いを嗅がれた。ショーコが逃げようとしても、その太い腕ががっちりとショーコの身体を押さえつけているから逃げられない。ショーコとマルシャじゃあ、太さが二倍は違うだろう。
全身の匂いを嗅いだマルシャは、納得した顔になると部屋の隅にあった椅子に腰掛けて、机で何やら書き始めた。マルシャのスキルがうまく発現したようだ。──異世界人のショーコ相手でも、うまく『スキル鑑定』が発現したことに安堵した。
俺はあまりショーコの方を見ないようにした。見なくとも、まだ息を荒くしているショーコの声が聞こえてきて、少しいたたまれない気分になる。
本当に、最初の少女は何を考えて頭のてっぺんから足先まで嗅ごうと思い立ったのだろうか。12歳までは規定料金で鑑定を受けられるが、成人の場合には鑑定者にチップが必要になるのも充分うなずける話だ。
ここが神殿なんて呼ばれているのも、最初の少女の発想が畏怖されたのが原因じゃないかなんて俺は思う。
「その様子だと、ショーコにもスキルはあるようだな」
「焦らせるんじゃなよっ、ほいさ、これで完成だ」
マルシャが最後の一文字を書き終わり、コキコキと首を鳴らしながら木炭で汚れた指を布で拭っている。俺はマルシャの背後から紙を覗き込んだ。息を整えたショーコもやって来て覗き込んで──「ひいっ」と喉を鳴らした。隣を見ると、顔を青褪めさせて絶句していた。
横にいる俺には、ショーコの身体が小刻みに震えているのが伝わった。
「おい、どうしたショーコ。顔色が悪いぞ?」