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しょう子、気合を入れなおす 「大丈夫、全然平気だから」

 朝起きたら、外国人のような顔が目の前にアップであるのはいい目覚ましだと、ばくばくする心臓を押さえながらそう思った。

 宿の中はまだ誰も起きていないようで、静かな部屋にガイウスのすーすーという寝息だけが聞こえる。

 驚きすぎて、これは二度寝は無理だなと大人しくあきらめる。そしてガイウスを観察してみることにした。

 寝ているところは、意外と幼く見える。多分、しょっちゅう目を細めたり眉間にしわを寄せたりするせいで老けて見えるんじゃないだろうか。それに咥え煙草っていうのもおっさんっぽい。ガイウスの吸う煙草は臭くない。むしろ、すっとした薄荷によく似た匂いで、小さい頃におばあちゃんにもらった薄荷飴みたいで落ち着く。おばあちゃんみたいな匂いって言ったらさすがに怒るかな、やっぱり怒るだろうな。

 そんなことを考えていたら、前触れもなくパチリとガイウスの目が開いた。一瞬だけぼうっとした後にすぐ、しょう子に気づいた。


「起きてたのか、ん、そろそろ宿屋も活動する頃か。……悪いが今日の朝飯は堅パンと干し肉だ。次の村まで早めに移動した後に、ある程度の旅の準備の仕入れがしたいからすぐに出る」


 身を起こして伸びをしながらガイウスが小声で言った。


「あ、はい。大丈夫です」

「ちょっと待ってろ。水を持ってくる。いいか、俺と確認できるまで鍵はちゃんと閉めてろよ?」


 昨夜叱られたことを思い出して、起き上がって背筋を伸ばして返事する。




「俺だ、ガイウスだ。開けてくれ」


 きちんとガイウスの声を確認してから扉を開いた。

 ガイウスが水の入った桶を床に置いた。そして布を渡しながら言った。


「顔を洗って、拭きたきゃ身体も拭いてすぐに出るぞ」


 昨日の夜は、森から出たばかりなので疲れてすぐに眠ってしまった。顔を洗い、布を水に浸して絞ると、服の隙間からできるだけ身体を丁寧に、でも素早く拭いた。


「はい、もう大丈夫です」


 背中を向けていたガイウスが、桶と布を受け取って廊下に出す。

 しょう子の足元にしゃがんでささっとズックの葉で足を結わえていく。男性が足元にひざまずいている状況はやっぱり慣れない。顔に熱が集まっていく。きっと赤くなってしまってる。


 特殊な結び方をしているようで、覚えるためにじっとガイウスの手元を見る。ゴツゴツとした手が器用に紐を巻いていく。


「よし、じゃあ行くか」



 村はまだ眠っている家が多いみたいだった。薄紫色をした空は、少しずつ辺りの影をはらっていく。

 今日もしょう子はガイウスのマントに包まれている。体格が違うために指先まで隠れるし、フードも被ればしっかりと顔が隠れる。


 最初は村を出てしばらくは畑が広がっていた。こちらの季節も春なのか、まだ背も低い緑色が広がっている。秋になれば、ミレーの絵画の「落穂拾い」の様な光景が広がるのだろうか。

 わだちの残る道を、ひたすら太陽の方角へと歩くものだから眩しくてしょうがない。だからしょう子はうつむいて、ガイウスの影になるように必死で足を動かして歩いた。片手には堅パン、反対の手には干し肉がしっかり握られている。やがて畑を抜け、草原に出た。街道以外には雑草が広がる草原になっている。


 もきゅもきゅと堅パンと干し肉を交互に食べながら歩いていると、ぼすっとガイウスの背中に追突した。


「へ?」 


 いつの間にか立ち止まっていたガイウスが、道の脇にある茂みを指している。


「少し採取もしながら進む。ショーコも覚えてみるか?」

「え、教えてもらってもいいんですか?」


 採取の技術は口伝だとガイウスから教わっている。そんな大事なことを簡単に教えてもらえるとは思ってもみなかった。


「ショーコは森に入るには弱すぎる。かといって、その手を見る限りじゃ力仕事も水仕事もできなさそうだ。町や村の外ぐらいの採取だけでも覚えれば、何とか生きていくくらいできるだろ」


 ぷいっとそっぽを向いてぶっきらぼうにガイウスが言った。



 やっぱり、ガイウスは相当なお人好しだ。

 見知らぬ世界で、昨日会ったばかりの自分の面倒を見てくれる上に、今後の生きていく方法まで考えてくれる。

 少し、心が温かくなる。


「はい! 頑張って覚えます!」




 30分後。

 そこには片手で目を覆って呆れるガイウスがいた。


 ガイウスがしょう子に教えたのはこの三種類。

 ヨサ草──家畜の調子を整える。10センチほどで葉の先が丸い。

 ウマ草──香辛料の代わりになる。笹のように細くて青みがかった色合いをしている。

 オキ草──すっきりしたお茶の原料になる。ひし形で各辺が少しへこんでいる。


 そしてショーコの集めた三種類の草の山がある。

 モサ草──家畜の調子が悪くなる。ヨサ草と似て10センチほどで葉の先が尖っている。

 マズ草──ひたすら苦いだけ。ウマ草と似て笹のように細くて赤みがかった色合いをしている。

 シニ草──食べると半日以上仮死状態になる。オキ草と似てひし形だが各辺が少しふくらんでいる。


 きちんとそれぞれ似ている草の説明もした。なのに、一つも間違えることなく、毒草だけがしょう子の足元に山になっている。


「なんできちんと毒草だけ集めてんだよっ」


 スパーンといい音を立てて頭がはたかれた。そんなに痛くないのに、やたらいい音が街道に響く。


「あ、あれえ……?」


 きちんと説明を聞いて真面目に採取した。これからの生き方に関わるかもしれないと聞いて、真剣に採取した。一つずつきちんと確認したはずの草が、気づいたら毒草に変わっていたとしか言いようがない。


「ほら、ヨサ草はこれだ。採取して確認してみろ」


 そう言ってガイウスが草を指し示す。

 教わったとおりに草の根元に小刀を当てて刈る。

 そして採取した草をガイウスに手渡した。


「はぁああああ!?」


 ガイウスが素っ頓狂な叫び声を上げた。

 確かにガイウスはヨサ草を示した。

 しょう子も真面目に指示された草を刈った。

 しかし、手渡されたのはモサ草である。


「ちょっと待て……おい、これを採取してみろ」


 近くに生えていたオキ草を指し示す。

 やはり、しょう子が採取するとオキ草はシニ草に変化した。


「……これは、おまえのスキルかも知れないな」


 ぼそりと呟かれた声にしょう子は驚いた。


「え!? スキルなんてあるんですか?」

「ああ……次の村に簡易神殿があるはずだ。そこでショーコのスキルを確認しよう」




 道すがら、ガイウスがスキルについて説明してくれた。

 スキルとは、この世界では技能という意味ではないらしい。だがゲームのように、レベルがあるものでもないらしい。魔法のスキルはないけれど、不思議な力が働くものをスキルと呼んでいるらしい。


 つまり『採取』のスキルがなくても採取はできる。

 じゃあ、スキルとは一体何なのか。


 質問:もし『採取』のスキルがあればどうなるのか。

 答え:増えます。一つ採取したはずが二つになっていたりするらしいです。


「こ、ここにきてやっとファンタジー要素とは……」


 しかし、このスキルは何なのだろうか。……まさかの『毒草採取』……?


「俺も『毒草採取』なんてスキルは聞いたことがない。

 と言うか、世の中にはそもそもスキルのない奴がほとんどだ。確認するにも神殿への喜捨が必要だから、金のない奴はスキルがあったとしても知らないまま一生を過ごしてもおかしくはない。

 多分だが、ショーコのそれが今までに発見されていないスキルなのは確かだな。

 有効なスキルなら報奨金もでかいが……それでも新スキルなら一年は暮らせるぐらいは貰えるはずだ。良かったな」


 ポンポンと慰めるように肩を叩かれて、しょう子は項垂れるのをやめた。

 ふと気になってガイウスに聞いてみた。


「ねえ、ガイウスにはスキルはあるの?」

「ああ、『頑健』と『毒耐性』がある。『頑健』はニ、三日眠らなくても丈夫だし力も強くなる。『毒耐性』のおかげで毒草関連も採取できるな……っておまえ、手は大丈夫か!?」


 慌てたガイウスがしょう子の手を確認する。傷の有無を確かめ、腫れていないか確認する。

 向かい合ってじっと手を握られている状況に、しょう子は耳が熱くなる。フードをしっかり被っていて良かった。顔半分が隠れるコートのフードに感謝する。


「え、だ、大丈夫です、何ともないですよ……?」


 しょう子の手を確認していたガイウスがほっとしたように言った。


「どうやらショーコも俺と同じように『毒耐性』があるようだな。手に傷があると、草によっては腫れることもある。俺が『毒耐性』を持っているせいで伝えるのを忘れていた」

「『毒耐性』ですか……おそろいですね!」

「あ、まあ、な」

「ねえ、ガイウス。毒草は換金できないんですか?」

「できなくはないが……そこまで価値はない。それに引き取り先は探索者協会になるから登録が必要だ。無資格者が売ると罰せられる。毒草は探索者協会で管理されているからな。

 それに、しょう子が採取した程度の毒草ではあまり人の役に立たない。獣に毒を使えば肉が得られなくなるし、魔物には効果が薄い」


 さすがに物語みたいに、そうそう上手く行かないよね。


「とにかく、まずは村へ急ぐか」


 しょう子が採取できないのなら寄り道するのも無駄だとばかりにガイウスは歩き出した。──しょう子の手を引いて。



 気を遣わせちゃった……。

 ガイウスに手を引かれて歩きながら、しょう子は少し落ち込んだ。

 スキルのせいで採取できないことではなく、色々してくれるガイウスの好意──せっかく採取を教えてくれようとしたのに無駄で、なおかつ落ち込んだと思われた。足手まといを連れての移動で、旅にかかるお金だってガイウスが全て出してくれている。

 なのに気まで遣わせる。

 握られた手から、ガイウスの優しさが伝わってくるようだ。しょう子が落ち込んだと思ったから、こうして手を引いてくれたんだろう。


 さすがに少し参った。



 昨日、森の広場でしょう子は泣いた。

 見知らぬ場所で、動くに動けない。

 広場の周囲は暗い森が四方に広がっている。

 パニックになった。


 だけど、泣いても、叫んでも返事はない。


 下手に大声を出すと野獣かなにかを呼び寄せるかもしれないと思い当たってからは、もうその場でおろおろと嘆くことしかできなかった。

 異世界やゲームの世界に行く小説を思い出してからは、一人で「ステータスオープン!」や「ログアウト」なんて叫んでみて、何も起こらないことに赤面したりもした。

 そうして色々試して考えて、ああ、こんなところで私は一人で死ぬのかもしれないと思ったところで、ガイウスに出会った。


 警戒されていることもわかっていて、無邪気を装った。

 疑われて置いていかれることを恐れて、素直を装った。

 そして、口は悪いけれど優しいガイウスに、何度も内心で感謝した。

 せめて報奨金が巨額だといいと祈った。

 せめて迷惑にならないようにしようと思っていて、これだ。


 しっかりしなくちゃ。

 落ち込んでなんかいられない。

 ガイウスに心配をかけないようにしなくちゃ。


 そうだ、スキルだってないよりましだ!

 スキルなんてない人がほとんどだってガイウスも言ってるんだし、報奨金まで貰えるのに落ち込んでもしょうがない!


 フードの下できゅっと表情を引き締めて、しょう子はガイウスの後を追って歩き出した。


「大丈夫、全然平気だから」


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