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ガイウス、呟く 「まあこれも運命だ。しょうがない」

 探索者協会の出張所で、ムシコナサ草を納品する。それから雑貨屋で古着を数着購入して、宿の一階で食事を受け取って部屋に戻ると、鍵も掛けないままでショーコがベッドに横になって寝ていた。


「ああ、無防備にも程があるだろ」


 思わず溜め息がこぼれる。



 宿が俺と同室だってことに、納得はした様子でも緊張していたショーコだが、異世界人とやらは本当に無防備らしい。宿屋だって完全に安全な訳じゃない。

 俺は荷物を自分のベッドの上にどさりと置いて、食事の乗ったお盆を机に置いてからショーコを揺り起こした。


「ん……もう、食べられない……」


 呑気な寝言を言いながらにへらとショーコが笑った。



 このショーコという異世界人の女は、多分俺より少し年は下くらいに見える。のっぺりとした顔をしているせいもあるが、表情にまったくと言っていいほど険しさがない。すぐにあわあわと慌てたり、ぼんやりしたりきょとんとする。内心がすぐに表情と行動に見て取れる。


 まるで、甘やかされた幼子のようだ。


 その行動に少しいらっとする時もある。何度言ってもすぐに頭を下げようとする。

 安心することもある。おそらくだが、こいつは俺にひどいことをしようなんて考えた事もないだろう。俺だけじゃなく他の誰に対しても、奪ってやろうとかひどく傷つけてやろうなんてきっと考えた経験はないんじゃないか。

 でも悪くない。

 この先も、この甘ったれたままでいてくれたらいいなとも思う。まあこんな甘ったれたままじゃなかなか生きていくのも辛いだろうが、一人くらいこんな奴がいてもいいんじゃないか。



 揺すっても起きないショーコの低い鼻をつまむと、眉間にしわを寄せて困った顔をした。そのまま二本の指でぎゅうっと引っ張っていくと、パチリと目が開いた。


「フガッ、ひどいですよ~」


 怒るでもなく、眉を八の字にした顔が面白くて俺は噴出した。


「クックック、ほれ、飯だ。食ったらこれに着替えろよ」


 机の上を指した後に、ベッドに乗せてあった荷物をあごでしゃくると、ショーコはもぞもぞと起き出して、ベッドにちょこんと腰掛けた。


「わあ、ご飯だ!」


 黒パンとスープ、それに薄めた果実酒。

 ショーコが突然パチンと両手を合わせた。


「いただきます」


 真剣な顔でそう言ったので聞いてみた。


「なんだ、それ?」


 俺の顔と合わせた手を見比べて、ショーコはああと納得した声を出した。


「これはですね、私のいた国のマナーなんです。

 今からご飯を食べますよっていう合図みたいなものです」

「……それも外ではするなよ。ここじゃ、目上の人間が匙をつけたら食べる。この場合だと、採取の師匠である俺が一口食べてからおまえは食べ始めろ」

「はい、そうします」


 素直にショーコはそう言うと、じいっと俺が食べ始めるのを待ち構えた。



 堅パンと干し肉を美味そうに食べるこの異世界人は、この宿屋の微妙なまずさのスープにはどんな顔をするんだろう。

 黒パンは……この辺りじゃここの宿屋が一番美味いんだが、こいつにとっては不味いのかもしれないな。


 そんな風に思いながら、匙でスープを口に運んだ。

 俺が口に運んだのを確認したショーコがスープを一口飲む。

 ぱあっと顔がほころんだ。


「ちょっと味が薄い気がするけど、健康そうで美味しいですね~」


 そう言って次は黒パンを手にする。


「あ、このパン美味しい!」


 もぎゅもぎゅと黒パンを頬張り始めたことに俺は安心した。が、次の瞬間には驚きすぎて顎が外れるかと思った。


「堅パンも癖になる美味しさなんですけどね~」



 やっぱりこいつは異世界人だ、堅パンを美味しいだなんて言うとは。



 ぺろりと夕食をたいらげたショーコが満足そうにお腹をさすっている。そして薄めた果実酒をチビチビと飲んでいる。


「お酒はもうちょっと濃い方が好きなんですけどね~。

 あ、干し肉残しておけばよかった……」


 干し肉を食べたがるショーコに、俺は思わず呟いた。


「そんなに気に入ったなら、王都まで毎食が干し肉でも大丈夫そうだな」

「はい!!」


 えらく元気のいい返事に脱力しそうになった。



「食べ終わったなら着替えろよ。俺は食器を返してくる」


 そう言って衣類をショーコに渡して部屋を出た。

 がさごそと着替える音がする。

 少し酔ったのか、上機嫌な鼻歌交じりだ。

 こいつには本当に緊張感がない。

 宿の厨房に食器を返して部屋に入る前にノックをする。


「はい、着替えましたよ~」


 誰かも確かめずに返事をするなとたしなめてから、ショーコの様子を観察した。

 丈夫さ重視の茶色の長袖のシャツに深緑色のベスト。それに濃い茶色の長ズボン。変にサイズの合わない靴は旅には向かない。王都までズック草でもまあ別にいいだろう。俺ならその辺で替えもすぐに調達できる。


 ここいらじゃよくある服装に着替え終えたショーコは、見事なまでに似合わなかった。


 何と言うか……浮いている。

 どうだと言わんばかりに腰に手を当てているが、正直に言い辛い。

 浮いている理由を探るためにショーコを上から下までながめて気がついた。いわゆるオキレイ過ぎるんだ。肌の色が一切陽に焼けていないのが不自然だ。水仕事も力仕事も知らないような手が、まるでお忍びで街に下りてきた貴族のように見える。これじゃあ探索者どころか村人や町人にも見えはしない。その辺を歩いていたら、身代金目当てにさらわれても文句は言えないだろう。


「…………できるだけ早めにグローブとフードつきのマントを準備する。しばらくは俺のコートを貸してやるから、外に出る間はしっかりフードをさげていろよ」

「似合いませんか……?」


 不安そうにショーコが着ている服のしわを伸ばそうと引っ張る。


「用心に用心を重ねた方がいいってことだ」


 そう言って俺は自分のベッドにゴロリと横になった。



 王都までの道のりを思い出すと、知らず知らず眉間にしわが寄っていく。


 ここ西果ての村から王都まで、徒歩でおよそ60日。ここから次の村までがおよそ1日だ。村々の距離はそれぞれでおおよそ1日。つまり、60ほどの村や町を越えて歩かねばならない。

 しかし今日のショーコの様子を見る限り、3日に1日は休みがないと辛いだろう。元々がそんなに歩き慣れていない様子だった。そうなると90日はかかることを見越さないといけない。


 もしくは別のルートを行くか、だ。


 ここから王都へは、中央森林をぐるっと迂回するように村がある。普通ならば、中央森林を突っ切ろうなんて考える奴はそういない。だが探索者、それも採取専門ならば話は別だ。この時期は森の恵みも多い。森の浅層にあふれる獣や魔物を狩る狩猟専門とは違い、採取専門の探索者は森の深層にまで潜ることもままある。そういった採取専門の探索者は、それぞれ安全な広場の位置を口伝で師匠から伝えられている。俺も、もちろん師匠であるおっさんに叩き込まれた。特に中央森林は自分の家の庭のようなもんだ。あの森の歩き方は、すでに俺の生き方になっているとまで言える。森を抜けるのならば、30日で王都へ行く事が出来る。たとえ3日に1日を休みにしても45日だ。


 村の宿屋で鍵も掛けずに寝ていたショーコにとって、村や町の方が危険じゃないのか……。


 背後からはすでに穏やかな寝息が聞こえてくる。

 すぴーすぴーと安心しきって眠っている。

 寝返りを打つと、口を半開きにして寝ているショーコがいた。



 拾ったからにゃあ、面倒見んとなあ。ガハハハハ。

 おっさんの口癖が脳裏によぎる。


 俺は頭の中で呟いてから眠りに着いた。


「まあこれも運命だ。しょうがない」


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