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しょう子、王都に着く 「ここが、王都なんだね」

 ガイウスが甘過ぎてどうしようかと毎晩身悶えます。


 ガイウスの気持ちを聞かせて──かなり強引にだったけど──もらってから今日まで、ガイウスは驚くくらい甘くなった。

 もちろん森を歩く間は今までとは変わらないけれど、目線が甘いです。

 こっそり見てるとすぐに気づいて、にっこりと笑ってきます。


 あの眉間に皺を寄せて、皮肉気に笑っていたガイウスはどこに行ったんでしょうか。




 ガイウスが気持ちを伝えてくれた夜から、広場で休憩をするときは隣りに座って私たちはたくさんの話をした。今までは王都の話が多かったから私が聞くばかりだったのが、少しずつ私の話もするようになった。


 そう、日本での私の話も。

 両親は、遅くに産まれた私をとても可愛がってくれたこと。私が成人して就職してすぐに二人は仕事を引退して田舎に引っ越して、ペンションを経営してゆっくり暮らしていたこと。でも3年前に父が病気で亡くなると、母もすぐに病気になり亡くなったこと。それからは、私は休日に帰省することもなく、ずっとゲームばかりしていたこと。父も母も最期の言葉が「幸せにおなり」だったこと。

 幸せがわからなくなっていたこと。父や母のようになりたかったけれど、きっとなれない自分が辛かったこと。

 今は、幸せなこと。


 やっぱり上手く話せなくて、泣きながら父と母の話をした私を、ガイウスはずっと抱きしめてくれた。薄荷の匂いに包まれて、思わず祖母の話をしたらガイウスはちょっと微妙な顔をした。



 広場では、ガイウスと毎晩手をつないで眠った。

 眠りに落ちるまで、ガイウスはずっともう片方の手で私の髪をやたらとなでる。それが少しくすぐったくて、でもとても安心できた。

 


 森を抜ける時は少し寂しかった。


 これから村を抜け、たくさんの人を見ることになる。そのことよりも、ガイウスと二人っきりで過ごせなくなることを寂しいと思ってそれを口にすると、ガイウスは手を引いて歩いてくれた。


「大丈夫、俺はずっとショーコのそばにいる」

「ありがとう」



 村を抜けるときは淡々としたものだった。

 森から離れるほど、村の規模は大きくなっていった。

 ガイウスは、「どこかの村に定住でもしない限り、村の人間はそう簡単に外の人間を受け入れたりしないものだ」と言っていた。

 旅をするのは探索者と行商ぐらいで、年に一度くらい収穫物を村でまとめて近隣の大きな街へ運ぶぐらいしか村人は移動しないと教えてくれた。だからガイウスみたいな探索者でも、村では宿の人や探索者協会の支部、それに同業と情報交換するぐらいしか話さないらしい。



 王都は、遠くからでもわかる壁が最初に見えた。

 石造りで、ちょっとしたビルぐらいの高さがある。


「壁の近くは日当たりが悪くなるから人気が無い。その分治安もよくないな」

 

 第二城壁の周りには、吹けば飛ぶような小さな家々が密集していた。つないだ手に力をこめると、ガイウスがぎゅっと握り返してきた。


「3年ぶりの王都だ。まだスラムに顔馴染みがいるなら、そう危険もないんだがな」


 スラムでの3年は、人ががらりと変わることも珍しいことじゃないらしい。物理的な意味でも、人柄という意味でも。

 

 城壁に近づいていく私たちに、物陰から幾つもの視線が絡みつく。ボロ布をまとった男が、のそりと身体を動かした。見上げるくらいの体格。ガイウスよりは細いけど、それでも私からすると充分にいかつい男だった。顔には右の頬に斜めに走る傷がある。


「……ガイウスか?」

「お前は……ゴルドか?」


 男はガイウスの肩をばんばんと叩いた。


「おい、ずいぶんだな。3年ぶりじゃねえか。ずっと見なくなったから、てっきり死んだかと思ったぞ」

「俺はそう簡単に死んだりしないさ」

「なんだ、そのちっこいのは。弟子か?」

「いいや、俺の大事な人だ。顔を覚えてやってくれ」


 ガイウスが私のポンチョのフードを少しあげた。


「お、なんだあ? 女か?

 おいガイウス、おめえどこで攫ってきやがったんだ?」

「攫ったなんて人聞きの悪いこと言うんじゃねえ」


 男とガイウスが話す様子は、まるで大型獣がじゃれるようだった。バシバシと肩を叩き合ったりぶつけあったりして、でも喧嘩をしているようには見えない。


「ゴルド、袋は持ってるか?」

「ん? ああ、あるぞ」


 ゴルドと呼ばれる男が袋を取り出すと、ガイウスは背負い袋を一度降ろしてから煙草を入れていた小袋を取り出した。その中から10本くらいを取り出してゴルドの袋に入れた。


「おいおい、こんなにいいのか?」

「構わない」

「へえ、よく見るとお前の巻いたんじゃねえな。ずいぶんといい出来じゃねえか。そっちの女か?」

「ああ。ショーコだ」

「ふうん、覚えておくよ。最近は中層で魔物を見たって奴が増えてたんだ。助かるよ。んじゃな」


 そう言ってゴルドは立ち去った。

 それと同時に、絡み付いていた幾つもの視線が外れていく。



「これでスラムで絡まれることはほとんどなくなったな。ゴルドはここの顔役の一人だ」

「え? どういうこと?」

「スラムの連中は、森で食料を取ることも多い。マギライ草があれば、飢える心配が減るんだ。ショーコが煙草を作れるってことがわかったから、スラムでショーコに手を出す奴はゴルドに〆られるってことだ」


 ポンポンとガイウスが肩を叩く。

 それで、今まで緊張していた肩から力が抜けた。まだ知らない人に会うと緊張する。ゴルドさんは、正直図体はガイウスの方がたくましいけど、変な迫力があった。一人でいるときに絡まれでもしたら、泣きたくなる。


「ゴルドは認めた奴にはそこまで悪い奴じゃない。だが、ここを通る時には俺が付いてる時しか駄目だからな」


 コクコクと首を縦に振る。


「よし、じゃあ王都に入るか」

「ここが、王都なんだね」


 私たちは、城壁を無事に通り抜けた。

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