ガイウス、ショーコに馬乗りにされる 「全然重くないから大丈夫」
突然、後ろにいたショーコの気配が動いたかと思ったら、あっという間に馬乗りにされた。そして胸倉をつかまれて、思いっきり叫ばれた。
「勝手なことばかり言わないで!」
顔を真っ赤にして、眼には涙が溜まっている。こんなにも興奮したショーコを見るのは出会ってから初めてで、俺は一気に混乱した。
「ま、まて。落ち着け、ショーコ。話せばわ」
「話さないからわかんないんでしょ!」
フーッフーッと興奮した獣のように威嚇してくる。
「ちゃんと! 言ってよ! 私が何も知らないから、危なっかしいから保護者のつもりなの!? 私なんかを拾っちゃったから、狙われる可能性があるから、一緒にいようなんて言ったの!?
それとも私のスキルが役に立つからなの!? 使えないはずの『メシマズ』スキルも有効利用できるようになったからなの!?」
「違うっ!!」
両腕はショーコの身体に巻きつけて、上半身を腹筋だけで起き上がらせる。ショーコの身体は、以前に運んだときにも思ったが、俺よりもずっと小さく華奢でまるで違う生き物みたいだった。密接した身体から、仄かに甘い香りがする。
「俺がショーコと一緒にいたいと思ったからだ!」
「じゃあ!! ちゃんと言ってよ! 言ってくれなきゃわかんないよ!!」
右肩に、熱い雫がポタポタと落ちてくる。
俺は腕に力を込めた──ショーコがびくっとした。
ハアハアと熱い息が首筋にかかる。
「俺は、おまえとずっと一緒にいたい。ショーコのことが好きだ」
ショーコの身体から力が抜けた。俺の首元に顔を埋めて泣き出した。
「……泣くほど、嫌だったのか……?」
ブンブンと首が振られる。
「何で、泣いてるんだ……?」
ずびっと鼻をすする音がする。
「ちょ、ちょっと待って」
がさごそとズボンに入れていた古布を取り出して、そのままズズッと鼻をかみだした。
「……ご、ごめん……」
謝ってきたショーコの髪をクシャっとなでる。そして小さい子供をあやすように、背中をトントンと叩いた。荒くなっていた呼吸が落ち着いていく。
「ん、もう大丈夫。落ち着いた……ごめんなさい」
ショーコが身体を離そうとするのを、腕に力を込めて引き止める。ショーコの力ぐらいなら、片腕だけでも充分だ。
本当に、ショーコは非力だ。
ずっと守ってやりたいと思っていた。
子供のようだと思っていた。
でもあの日、守られたのは俺の方だった。
目覚めた俺が見たショーコは青褪めてひどい隈をしていたが、今までに見た誰よりも美しいと思った。右手で俺の剣を握り締めて、凛としたショーコは綺麗だった。
「……あのね、ガイウス。顔を見せて」
ショーコが逃げるわけじゃないと知って、俺は腕の力を緩めた。
泣き腫らした顔で、ショーコが俺の顔をじっと眺めてきた。鼻の頭まで真っ赤にして、頬も真っ赤に染まっている。
「ガイウス、私ね、この世界のこと何も知らないの。ガイウスとマルシャさんとしか話したことがないの。この世界の人の名前よりも、草の名前の方を多く知ってるくらいだもの。
それにね。元の世界ではずっと恋愛から逃げてたの。好きになりそうな人ができたら、いつもすぐに逃げてたの」
「俺は、ショーコが俺を嫌いだと言うまで逃がす気はない」
「うん……ガイウスなら追いかけてくるよね。
ねえ、ガイウス。
私もね、多分、ガイウスが好き」
ショーコがはっきりとそう言葉にした。
頬が緩みそうになる。
「でも色々わかんないことばかりで、ガイウスにこれからも迷惑かけるかもしれないよ」
「俺が全部教える、迷惑だなんて思わない」
「料理だって『メシマズ』だよ」
「食えるようになるまで頑張るさ」
「え……食べるの?」
「当たり前だろ。魔物除けのためにだけ料理するなんて、ショーコはそんなの嫌だろ?
俺は探索者だ。マルシャのところで試したとおり、薬を用意すれば問題ない。その薬だって自分で採取できるんだからな」
「スキルが……『メシマズ耐性』スキルが欲しいの?」
「いいや、ショーコの作った飯なら食べたいってだけだ。マルシャのところで、料理を詳しく聞いてただろ? スキルを試すだけなのに、コツだとか火加減まで質問してさ。ショーコは本当は料理が好きなんだろ?」
「…………うん」
「じゃあ、食うさ。好きな女が作った料理を食べるってだけの話だ」
「……ねえ、ガイウス。ずっと私と一緒にいてくれる?」
「もちろんだ」
微笑んだショーコは、この世の誰よりも可愛かった。
「あ、ええと、お、降りようか」
馬乗りになっていることに気がついて、急にあたふたし始めるのも可愛い。
「全然重くないから大丈夫」
「え、いや、そうじゃなくて……」
「何か問題あるのか?」
「…………は、恥ずかしいです…………」
身悶えるショーコも可愛い。
そう伝えたら、するりと腕から抜けて慌てて距離を取り出した。
「あ、あんまりそういう耐性ないんですっ。あ、あ、あの、もう寝ますね」
そう言ってポンチョに包まって横になってしまった。
俺はショーコの隣りに横になる。
「王都に行ったらまずは神殿に行こう。ちょうどマルシャから預かっている手紙もあるんだ」
そうして、夜は静けさを取り戻していった。




