しょう子、叫ぶ 「勝手なことばかり言わないで!」
ガイウスの言葉に私は驚いて身動きした拍子に、膝に乗せていた煙草がころころ転がった。
「あ、やだ、ちょっと待って」
慌てて追いかけようとすると、まだ膝に乗ってた他の煙草まで転がりだす。
私が体勢を直すより早く、隣にいたガイウスがさっと煙草を集めた。そして膝まずいて煙草を束ねて差し出してきた。
「もう後5日もすればこの森を抜ける。そこから王都へは3日ほどの距離だ。
ショーコがまだこの世界に詳しくないのはわかっている。村を2つと森しか見てないもんな。だがな、マルシャの言った通りに、ショーコのスキルは狙われる。ショーコはどうしたいかを決めなくちゃいけない。──もちろん、貴族と結婚するのも一つの手だ。だけど、選択肢の一つに探索者として俺と暮らすってことを考えて欲しい。森を抜けるまでに返事をしてほしい」
ガイウスはそれだけを言うと、背を向けて横になった。
残された私は呆然として、パチリと一際大きく薪が爆ぜた音でようやく動き出した。
無心に完成した煙草を保存用の防水処理をしてある袋に詰めていく。
その間も、思考がまとまらない考えが頭をぐるぐる回っている。
煙草作りだけはガイウスより私の方が向いているみたいで、ここのところ毎晩のようにコツコツと作っていた。
今じゃガイウスの吸う煙草は私が巻いたものばかりだ。
私の巻いた煙草を美味しそうに吸うガイウスを見ては、少し幸せな気持ちに浸っていた。
少しでも美味しくなるように、葉の詰まり具合もいろいろ研究している。
最近、ガイウスがあまり私に触れなくなった。
だから、せめて上手に巻けた煙草を吸っているのを見ると嬉しかった。
少し前までは、小突いたり、頭をぐしゃぐしゃとかき回したりしてたのに、最近は伸ばした手をすぐに引っ込めるようになった。
その代わりと言っては何だけど、ガイウス自身のことをよく聞かせてくれるようになった。
王都の南にあるスラムで生まれ育ったこと。
10才になる前にガルムさんというガイウスの師匠になる人に拾われて名付けられたこと。
それからずっと二人で探索者──採取をしていたこと。
ガルムさんはなかなかお茶目なおじさんだったこと。
でも、3年前に魔物に襲われて亡くなったこと。
それからずっと一人で西果ての森で探索者をしていたこと。
聞いていると、どうやらガイウスが年下だってことにも気がついた。
スラムにいたから正確な年齢はわからないけれど、ガイウスさんに出会った頃を10才に決めたらしいので、今は27才らしい。
……年下。
いや、まあ社会人になってからは、そうそう年齢なんて関係ないけどさ。でも、ずっと年上だと思い込んでたんだよね。
知った時にはもう敬語もやめちゃってたし、お互い呼び捨てにしようと最初に決めちゃったからなあ。
……どうでもいいと言いつつ、気にしてるのはガイウスの言葉のせいかもしれない。
あの日多分寝ぼけて言った「ショーコと一緒にいたい」って言葉。ただの寝言を気にしすぎもいいところ、自意識過剰だって思ってた。
けど。
さっき、ガイウスは同じ言葉を口にした。
一緒に暮らすことを選択肢に入れて欲しいとはっきり口にした。
どうしよう。
今までずっと恋愛は考えないように生きてきた。
『メシマズ』には、結婚とか全部無理なんだって思って30才になった。
なのに、ガイウスは私が『メシマズ』だってことも知ってる。それでも一緒に暮らすってこと?
期待してもいいの?
それとも──役に立つ『メシマズ』スキルと『メシマズ耐性』スキルが私にあるから?
嬉しさと同時に、疑心暗鬼も湧いてくる。
背を向けて横になっているガイウス。
私はガイウスの言った通りに、この世界をまだよく知らない。
知っているのは、ガイウスとマルシャさんぐらいしかいない。
二人とも、私のためを思って色々してくれた。
何もできない私に、足手まといな私に、だ。
マルシャさんの言葉が頭をよぎる。
<王都に行った先のことをちゃあんと考えておくこと。それとガイウスにいつか恩を返すってことだけさ>
王都。
あの日から考えないようにしていた。
以前にマルシャさんが言った時より、私の価値は上がってるはず。
『メシマズ耐性』でより強い子孫を残せる──30才だけど、まだまだ充分子供は産めると思う。
『メシマズ』で、安全に森で野営できる──中層を抜ける日にガイウスに頼まれてスープを作ったら、周囲から音を立てて獣が逃げ去る音がした。
ぐちゃぐちゃになって横を見ると、灰色のコートに包まるガイウスの背中。
5日以内に返事をしなくちゃいけない。
言う方はいいよね、気楽なんだから。
じっとガイウスの背中を見ているうちに、ふつふつと怒りが湧いてきた。
知らない世界へ放り出されて、私はガイウスしかほとんど知らない。
考えて欲しい、返事をして欲しいだなんて勝手なこと言わないで。
どうやって私に選択しろって言うのよ。
私には、何もわからないのもわかってるくせに。
右も左もわからない「カワイソウ」な異世界人を守ってヒーロー気分なら、いらない!!
だってそんなの、どうして私なんかを助けようなんて思ったのよ!
「カワイソウ」じゃなくなったら、私のこと要らなくなるじゃない……。
せめて、ガイウスの気持ちぐらいちゃんと教えてよ!
そして私は、ガイウスの身体に馬乗りになった。
驚くガイウスの胸元を掴んで、私は思いっきり叫んだ。
どうせここは他に人のいない、魔物も入ってこない広場だもの。
この際だから、思いっきりぶちまけてやる。
「勝手なことばかり言わないで!」




