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ガイウス、決意する 「王都へ着いたら、俺と探索者としてパーティを組もう。ショーコと一緒にいたいんだ」

 もう後、5日もすれば中央森林を抜ける。


 3日前に、一番の難所を俺たちは越えた。

 広場が近くにないせいで野営を覚悟していた場所だったが、しょう子がスープを作ったおかげで獣も魔物も影も形も現さなかった。

 魔物除けにスープを作れと言った俺に、もっと嫌な顔をするかと思ったショーコだったが、けろりとした顔でスープを作った。「私の『メシマズ』もなかなか捨てたもんじゃないですね」なんて笑って言うショーコに、以前の影は見えなかった。


 が、それはいい。

 

 あの日、俺が仕掛け罠にかかって眼が覚めた日から、なんとなく俺とショーコの関係が変わった気がする。

 俺は、前まで平気でショーコに触っていたのが嘘のように気軽に触れなくなった。

 ほめようと思って伸ばした手をつい引っ込めてしまう。

 ショーコが採取したマギライ草を受け取ろうとして、取り落としてしまったのも一度や二度ではない。


 早く伝えなければと気持ちは焦るのだが、なかなか面と向かって言うことができない。


「王都へ着いたら、俺と探索者としてパーティを組もう。ショーコと一緒にいたいんだ」


 たったこの一言が言えずにいる。

 おっさんの声が頭をよぎる。


「大事な言葉をちゃあんと大事な人に言うんだよ」


 おっさん、どんな顔して言えばいいんだ、こんな台詞。

 がははと笑うおっさんの顔が「情けねえ奴だな」とばかりに困った顔に変化する。


 

 森を歩きながら、いつ言おうかなんてことばかりを考えた。

 今日の広場についたら言おう。

 その決心も何度目だ?

 10回を超えているはずだ。


 ショーコの方も少し変だ。

 じっと見てきたかと思うと、目をそらす。

 ふいに会話が変なタイミングで途切れたりする。



 広場に設営して、焚き火を熾すと隣りでショーコがマギライ草を干す台を組み立てる。といっても木の枝を三角に組んだもの二つに棒を一本差し込んだだけの簡単な台だ。根元をまとめて束ねたマギライ草を二つに分けて干していく。麦を干すのと似ている。

 それから俺がスープを作る間に、乾燥してあるマギライ草を袋ごと揉んで砕き、紙でくるりと巻いていく。ショーコは器用だ。最初の一つを教えながら作ったときには俺が作るより少し不恰好だった煙草作りも、あっという間に俺よりきれいに巻きだした。


「日本人って手先が器用らしいんですよ。それに、こういう慣れてくると、いかに早くきれいに巻けるかって考えながら作業するものは楽しいです」


 そう言ってショーコは笑うが、俺がまともに煙草を作るようになれるまで結構かかったんだがな。



 今日も食事を終えた後に王都の話を色々と話す間、ずっとショーコは隣りで煙草を巻いている。


「王都には各地から名物が集まる。北の魚が干物で送られてくるし、南からは珍しい果実が来る。東は農業が盛んで、俺たちの来た方向の西からは西果ての森で採れる珍しい草なんかが集まるんだ。特に、西果てで採れる草の中でもヨイ草なんかはいい値で売れる。

 ショーコと会った広場から4日の距離に誰にも知られていない群生地があるんだ。このヨイ草ってのは、果実や麦で酒を作る時に欠かせない。酒は祭りに欠かせないから、夏場になると探索者は西果ての森を目指すんだ。

 この中央森林じゃ、マギライ草が採れるな。もちろんマゴノミ草も多いんだがな」


 ちらりと干してあるマギライ草を見る。

 ショーコがいなけりゃこの量を確保するのに俺でも2ヶ月はかかるだろう。


「後は秋に採れるアマ草だな。こいつは菓子に入れると甘い匂いと味が出る。そりゃ普段は滅多に平民にはありつけないが、祭りには甘い菓子も必要だからな。ニガ草とそっくりなもんだから、間違えてかじって泣きべそかいてるガキもいるぞ」

 

 そこまで話して隣りの様子を盗み見る。

 ちょうど切りよく巻き終えたショーコが、ううんと伸びをする。


「ガイウスも、ニガ草を間違えたことあるの?」


 ショーコが興味津々と言った様子で聞いてきた。


「間違えたってか、俺は師匠のおっさんにだまされて、いきなりニガ草を食べる破目になったな」


 あの時の味を思い出すだけでぞわりとする。口中どころか、体中が苦くなったかと思えるほどの味だった。


「あの味には思わずおっさんを本気で殴り飛ばそうかと思ったな。おっさんが言うには、死ぬほど苦いニガ草を食ってみれば、アマ草とニガ草を間違えるだなんてことはしないだろうって笑ってやがったな。確かに、それで俺はニガ草だけはしっかり覚えこんださ。……けどなあ、12,3のまだ甘いもんが好きなガキにいきなりニガ草を食わせるってのはひどいと思わないか?」


 ショーコがクツクツと笑っている。



 何とはなしに、おっさんの話をする機会が増えた。

 思えば森も村も王都も、俺は色んなところにおっさん連れ回された。ショーコに何かを話すたびに、ああおっさんがこう言っていた、こんなことがあったなんてことを思い出す。




 3年前に、おっさんが死んで以来だ。

 あの日、森を抜けてきた同業が、宿でおっさんを待っていた俺に青い顔をして言った。


「ガイウス、おっさんが死んだ」



 ちょっと採取の依頼がだぶついていたから、王都で依頼を受けたおっさんと俺は中央森林で二手に分かれることにした。

 ごくごく行き慣れた中層。

 その頃には、よくそうやって依頼を受けては二手に分かれて宿で落ち合うなんて当たり前にやっていた。

 おっさんは、少し近い採取場とそれより1日遠い採取場を考えて、俺に近い採取場へ行けって言ったんだ。年寄りが無茶すんじゃねえって俺は怒鳴ったが、おっさんが強引に遠い方の採取場へ行くって決めた。


 あの時、もっと強く言えば良かった。

 

 無事に採取を終えた帰り道に、おっさんは別の探索者に行き遭った。そいつらは、マゴノミ草をマギライ草と間違えて大量に背負った半端者だった。おっさんが気づいたときには、まさに魔物に襲われている最中だったらしい。──そんな奴なんか、放って置けば良かったんだ。俺ならそんな半端者なんか無視するさ。そいつは、背負ってた荷物をおっさんにぶつけた。助けようとしていたおっさんに。マゴノミ草の匂いに惹かれた魔物は、すぐに標的をおっさんに変えた。

 一部始終を見ていた探索者がいたおかげで、その半端者は捕まった。魔物のなすりつけは重罪だ。すぐに『真贋』にかけられてから、縛り首になった。そんな奴がいたんじゃ、森に入る奴がいなくなっちまうからな。

 だけどおっさんは帰ってこない。

 いつだってがははと笑うおっさんは、森で死んだ。


 それから俺は一人で森に潜り続けた。たいがいの探索者は何人かでパーティを組む。野営の時なんかに夜番を交互にできるからな。だけど俺は一人で潜り続けた。それなりに名前も売れていたからパーティに誘われることもあったが、おっさん以外と森に入るのが信用ならなかった。


 あまり人と話すこともなく、ただおっさんから教わった採取を続けた。マルシャなんかは気にしてくれたが、おっさんの話をするのも聞くのも嫌だった。

 だから俺は中央森林から西果ての森をメインにすることにした。


 そして3年が経ち、ショーコに俺は今こうしておっさんの話を笑ってしている。



 俺はショーコが笑い終わったタイミングで、何気ない風を装って聞いた。

 

「王都へ着いたら、俺と探索者としてパーティを組もう。ショーコと一緒にいたいんだ」

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