しょう子、スープを飲む 「美味しい……」
「王都へ着いたら、俺と探索者としてパーティを組もう。ショーコと一緒にいたいんだ」
明け方が近づく頃に、ずっと見守っていたガイウスが少しもぞもぞと動いたりするようになった。呼吸もしっかりしている。
怪我の様子を見ると、『頑健』のおかげかすでに血は止まって肉が盛り上がり始めていた。
目を覚まして、ガイウス。
祈る気持ちでガイウスの顔を見ていると、ガイウスがはっきりと「王都へ着いたら、俺と探索者としてパーティを組もう。ショーコと一緒にいたいんだ」と言ってから目を開いた。
ね、寝言……?
ガイウスはすぐに眉を寄せて、辺りを見回した後に咳き込んだ。
「ゴホッ」
急いで水筒を手渡したら、身体を起き上がらせようとしてズック草に気がついた。
左腕を見て顔をしかめた後に、水筒の水を一口飲んで右手を眼に押し当てた。
「あー、ショーコ。どうなっている? ここは広場じゃないな」
「え、あ、はい。ガイウスが倒れたから、ここで野営をしました」
ガイウスが、右手に握った長剣に視線を移した。
「あっ、ごめんなさい! 獣? みたいなのが出たから勝手に借りました」
「は? 怪我は!?」
左肩にガイウスが手を置いて、しょう子の身体に怪我が無いか確認しだした。
「だ、大丈夫です。怪我は無いです、その、あっちに」
焚き火の向こうを指差すと、ガイウスが眼を向ける。そして、灰色の獣をその眼に映した。
すぐにしょう子の握っていた長剣を構えて立ち上がる。ガイウスはしょう子を背に庇うようにして、じりじりと獣に近づいた。
「……死んでいる? おい、ショーコ。この獣は何でこんなところで死んでいる? 何が起きた!?」
長い長い夜のことを、しょう子はガイウスに伝えた。
ガイウスに矢が刺さったこと。
そしてガイウスが動かなくなってしまったこと。
血を止めるために矢を抜いたこと。
焚き火を熾したこと。
ズック草を採取したこと。
オキ草茶を作ろうとして失敗したこと。
獣がオキ草茶の匂いで怯んだこと。
動揺してこぼしたオキ草茶が獣にかかったら、動きを止めたこと。
煙草をうまく吸えなかったこと。
オキ草茶をもう一度作って、また失敗したこと。
失敗したオキ草茶を周囲に蒔いたこと。
何度か獣のような声がしたこと。
でも、ここまで獣は来なかったこと。
ガイウスは、しょう子が話す間に何度か何かを言おうとしては続きを促してきた。なかなか上手くまとめて伝えることができず、結局最初から全部順を追ってしょう子は話した。
そして、聞き終えたガイウスはぽつりと言葉を漏らした。
「ショーコが無事で良かった……。
あれは獣じゃない、魔物だ。魔物は目が赤い」
そして一言告げた。
「少し周辺を見てくる。ショーコは少し休め。ひどい顔をしているぞ」
「え、ガイウス。怪我は大丈夫なの?」
「問題ない。ショーコの手当てが良かったおかげだな」
剣を右手に持ったまま、ガイウスは立ち去った。
残されたしょう子は、気が抜けたせいか急激に眠気が襲ってきた。
ガイウスが無事だった。
安心したことで、徹夜した疲れが出てきたみたいだ。
ガイウスがさっきまで横になっていたズック草の上に身体を横たえる。まだガイウスの温もりが残っている。
もうすっかりガイウスに染み込んでいる薄荷の匂いがする。
とても、安心する匂い。
スンスンと鼻を鳴らして、しょう子は眠りに就いた。
パチパチと弾ける焚き火の音に気がついて眼を開くと、そこは森の中にある広場だった。もう日の暮れる時間なのか、辺りは暖かなオレンジ色に染められている。
「起きたか」
隣りからガイウスの声が聞こえたことに驚いて見上げると、ガイウスがこちらを見下ろしていた。逆光になっていて、よく顔が見えない。
もぞもぞと起き出すと、ずるりと灰色のロングコートが肩から滑り落ちた。
「えっと……いつの間に広場に……?」
そう尋ねると、ガイウスは焚き火に枝をくべながら答えた。
「あの野営地からこの広場までは一時間もかからない位置にあるから運んだ」
は、運んだ!?
成人女性として、平均よりやや大きい自分の身長。いかに細めとは言え、そう軽いものじゃない。
サーっと血の気が引いてから、カッと顔が赤くなる。
「もう少しショーコは食べたほうがいいな。少し軽過ぎだな」
目の前に木のカップが突き出される。
「ちょうどスープができたところだ。ほら、食え」
反射的に受け取ったカップから、優しく湯気が上がる。
「あ、ありがとう」
手の平から温もりが伝わる。
よく見ると、しょう子の身体の下にはズック草が敷かれていた。
ガイウスもズック草の上にあぐらをかいて座っている。
「ズック草を敷くのはいい考えだな。冷気が伝わりにくくなる」
身体を起こしたしょう子は思わず正座した。
「ご、ごめんなさい。私が、罠を踏んだせいでガイウスに怪我を負わせてしまいました」
うつむいてそう言う。
手を伸ばしかけたガイウスが、んっと咳払いをしてから話し始めた。
「いや、俺が不注意だったせいだ。
マゴノミ草の群生地に狩猟探索者が罠を仕掛けることなんて当たり前だ。気づかなかった俺が悪い。ショーコにも伝えておくべきことだった」
「でもっ、私のせいでっ」
「いいや、ショーコに責任は無い。それに腕だってもうこの通りだ」
軽く左腕を曲げては伸ばしてみせるガイウスを見て、やっとしょう子はうなずいた。
「それに、これはお前の大切にしていた服だろ?
──俺のせいで、ダメにしてしまった。すまない」
左腕に巻かれた水色。
元はしょう子のルームウェアだったそれ。
「いえ、別にそれはただのルームウェアだし……」
「お前はそう言うが、元の世界の服はこれしかないんだろ?」
確かに、しょう子は着の身着のままでこの世界に来た。
荷物も何も無く、身に着けていたルームウェアとルームシューズぐらいしか持ち物は無い。
「でも! ガイウスにこの服だって買ってもらったし、マルシャさんにポンチョも譲ってもらったし、私にはその服よりもガイウスの方が大事だったし……あ」
一所懸命になるあまり、恥ずかしいことを言ってしまった。
しょう子は顔を真っ赤にしてうつむいた。
「そうか……ありがとうな」
気まずいような、落ち着くような沈黙が広場を支配する。
時おり風が森を揺らす音と、焚き火の爆ぜるパチパチという音だけが聞こえる。
ガイウスの作ってくれたスープが、じんわりと身体を中から暖める。
「美味しい……」
「そりゃよかった……」
いつもより近くにいるガイウスが、ひとり言のような言葉に返事をした。




