ガイウス、後悔する 「おい、ショーコ。お前、ずいぶんと間抜けな顔をしてるぞ……」
後から思い返せば、あれは完全に俺のミスだった。
浮かれていたせいで、普段なら慎重になるべきところで油断した。
森の歩き方を教えながら、俺たちは王都を目指して中央森林の中層を歩いていた。ショーコもだいぶん森に慣れた様子で、前はずいぶん騒がしく歩いていた足音もようやく森にふさわしい静かな歩き方になった。
かかとからそっと地面に足を下ろしてから、足全体に体重を移動させていく。そうすることで、下生えの草や枯葉なんかに潜んでいる尖った石や木の根なんかを急に踏み抜くこともない。慣れるまでは、野営のたびにふくらはぎをよく揉んでいるようだったが、最近じゃその時間を魔物が現れた場合の対策に使うことができるようになった。
まず、広場に逃げること。広場が遠い場合には、木を背にして俺が戦う間に樹上に逃げること。
一見おっとりした様子のショーコは、意外なことに木登りが上手かった。スルスルと、まではいかないが、うまい具合に木の瘤を探して木に登っていく。
「私、これでも子供の頃は田舎でやんちゃだったんですよ。男の子に混じって木登り競争して勝ってたんですから」
ちょっと得意げに話すショーコは、そんな時だけは心の底から明るい顔をする。
「今のショーコからはとてもそんな風には見えないな」
「えーっ、ガイウスには私がどう見えてるんですか?」
「箱入り娘で家の中だけで育ったように見える」
「箱入り娘じゃないですよ。でも大人しく見えるってよく言われてました。意外でしょ?」
紅潮した顔で話すショーコに気を良くした俺が、ふと木の根元に気がついた。
「お、マギライ草じゃないか」
俺の愛飲する煙草になるマギライ草が3本、風にそよいでいた。細長い草を束ねて根元近くからサクッと刈り取る。
「何ですか、それ」
「これは煙草の原料だ。こいつを乾かしてから刻んで紙で巻くと煙草になる。マギライ草って言ってな、こいつをふかしていると魔物に遭遇しにくくなるんだ」
「あ、いつも吸っている薄荷みたいな煙草ってこの草からできるんですね」
「そっちの木の下にも2本生えてるな……こいつには少し毒がある。煙草にすれば問題ないが、生のままで食べると腹を壊すんだが……ショーコが採取してみろ」
「えっ、いいんですか? ガイウスの好きな煙草の材料なのに、ダメにしちゃうかもしれないですよ?」
「なんとなく、だが……確認してみよう」
ショーコが隣りの木の下にもあったマギライ草を1本だけサクッと採取する。それを不安そうに俺に渡してきた。
手渡されたのは、マギライ草だった。
「ショーコ、これもお前に採取できるみたいだ」
その言葉を聞いたショーコの顔がパッと明るくなった。
「本当ですか!?」
「ああ、ちゃんとマギライ草だ」
それを聞くや否や、ショーコは残っていたもう1本を採取する。そして笑顔で差し出してきた。
森を歩くショーコの顔が変わった。
じっと木の根を確認しながら進んでいく。
マギライ草が採取できたことで、かなり心境に変化があったみたいだ。
中天を過ぎた頃に、ショーコが明るい声を上げた。
「はい、ガイウス。マギライ草を採取したよ。すごいね、群生地だよ」
群生地と聞いて、俺はショーコに注意しようとした。マギライ草は群生しない。群生するのは、魔物の好むマゴノミ草だ。
「ショーコ、それはマゴノミ草だ……ったはずだ」
言いかけた語尾を、俺は方向転換した。
群生地の手前にしゃがんで手を差し出すショーコ。その手に乗せられているのは……マギライ草だった。もう一度確認しても、マゴノミ草の群生地からショーコが採取するとマギライ草になる。
同じ場面をつい最近にも俺は見た。あの時は、ヨサ草がモサ草になった。あの時のショーコは、困ったような泣きそうな顔をしていた。
俺の頬が緩んでいく。
「ショーコ。刈れるだけ刈ってから進もう」
マギライ草はそこそこいい値段で取引される。探索者にとっちゃあ、あるとないとで探索が変わってくる。例えそれが狩猟だろうと採取だろうと。
浅層から中層までを魔物を気にせずに歩けるだけで、探索日数が変わってくる。広場が近くにない野営の夜なんかには、命綱になるものだ。
だがマギライ草の採取は難しい。
俺も自分の分で精一杯で、ほとんど協会に卸すことはない。
それがショーコの『メシマズ』スキルなら、マギライ草に悩む必要がなくなる。
ああ、そうだ。大量に採取できるならば、探索者になって中層の採取を安全にこなすことも可能だろう。他の採取は俺がして、ショーコはマギライ草を採取する。そんな未来があってもいいんじゃないか。
ショーコが変な顔をしている。
へなへなとその場に座り込んで、笑おうか泣こうかってな顔をしている。
「マギライ草は金になる。探索者としての生き方も、パーティを組めば可能かもしれないぞ」
だから、俺と探索者としてパーティを組まないか。そう言いかけた所で、カチリと奇妙な音がした。そして激痛が腕に走った。
見ると、左腕に矢が突き刺さっている。
──仕掛け罠か!?
マゴノミ草の群生地だなんて、狩猟の奴らが罠を仕掛けておいてもおかしくないはずじゃないか!? どうしてそんな大事なことを、俺は忘れていたんだっ!!
急速に意識が薄まる中で俺は、ショーコに矢が刺さっていないことだけ確認していた。
おい、ショーコ。お前、ずいぶんと間抜けな顔をしてるぞ…………。




