しょう子、ガイウスの干し肉を半分もらう 「ありがとう」
中央森林は、西果ての森よりも暗い。
それが1日歩いて最初の広場に到着した私の感想だった。
中央森林には獣が多い。その分だけ森の恵みも多いけれど、獣を隠す森は濃くなる。
木の根が地面に張り巡らされ、空気も濃いような気がする。
広場にある手頃な岩場に腰掛けながら、私はふくらはぎをマッサージしていた。マルシャさんのくれたブーツのおかげで多少の悪路も平気だけれど、森を歩くのはやはり疲れる。
この世界に来るまでほとんど運動なんてしなかった私がこんなにも歩ける──しかも筋肉痛にもならないのも『メシマズ耐性』にある『頑健』のおかげらしい。そうガイウスに教えてもらった。厄介事の元でもあるけど、これのおかげで旅ができるのだから複雑な気持ちだ。
森にいる間は『メシマズ耐性』のおかげ。
王都に行けば『メシマズ耐性』のせい。
本当に複雑。
マルシャさんのところで試した『メシマズ耐性』をガイウスがつけるための実験は、森にいる間は禁止。足手まといの私がいるのにガイウスに状態異常が起きたら危険だから。
そうなると、森を歩く間に私ができることは何もない。ただきちんとガイウスの指示を守って、ヒナ鳥のように後ろをついていくだけだ。
ガイウスは「気にするな」とだけ言ってくれるけど、火を熾すのもままならない。『メシマズ』のせいで料理も作れない。周辺の乾いた枝を集めて、広場にあった泉で水筒の中身を入れ替えたら、私のすることはもう何もない。
こんな時に、料理のスキルがあれば役に立てたのに。つい一昨日までしていたゲーム、ファンタジックワールドを思い出す。
そう。つい一昨日のはずなのに、もうずいぶん昔のことに思える。
だけど、ここにいるのは料理上手な幼い魔女の姿の少女ではなく、ただの塩田 しょう子。持っているスキルも『料理』ではなく『メシマズ』。落ち込まないようにと思っても、長年人生に付いて回ったメシマズが、異世界でこんな大出世? をしてしまうなんて思わなかった。これじゃ役に立たないどころか足を引っ張る事しかできない。
マルシャさんは「恩ならガイウスに返しな」なんて言ってくれたけど、その返し方すらわからない。
子供の時には、30歳ってもっとちゃんとオトナだと思ってた。答えの見つからないコドモじゃなくなって、何でもできるようになるはずだなんて思ってた。
でも全然オトナじゃない。
迷ってばかり、悩んでばかり。
働いて上手に愛想笑いすることは、思っていたような大人じゃない。誰でもできること。
みんなはちゃんと色んなことに答えが出せるオトナなのかな。──私はうまくオトナになれなかったのかな。
「これも食え」
ガイウスが自分の分の干し肉を半分切ってわけてくれた。
また、だ。
優しい人だから、きっと私が悩んでいるのにも気がついている。
でもね、優しくされると辛いよ。
何も返せない私に、どうしてそんなに優しくするの……?
笑ってお礼を言うことしかできないんだよ。
遠慮すると、あなたはもっと気を遣ってしまうでしょ?
「ありがとう」
ガイウスのくれた干し肉は、優し過ぎる味がした。




