しょう子、マルシャさんに説教される 「あんたがしなきゃいけないのは2つだけさ」
肉のソテーを一口食べてパタリと痺れて倒れたガイウスの口に、マルシャさんがシビレナ草を突っ込んでいる。この光景も10回目だ。
マルシャさんの家の台所を借りて作ったスープ。少し変な匂いになっちゃったけど、ガイウスは飲んでくれた。
そしてすぐに痺れて倒れた。
マルシャさんが準備していた薬をガイウスに飲ませてくれた。
私はおろおろして何もできなかった。
「一度や二度で耐性がつくなんてありえないから気にするな」
麻痺から治ったガイウスはそう言ってくれたけど……。
やっぱり結構ショックだ。
マルシャさんにいくつか教えてもらって料理を作ると、ガイウスが食べてくれる。そして麻痺になったり、混乱したり、眠りだしたりする。『毒耐性』を持っているし、ガイウスにはスキル『頑健』があるおかげでそうひどいことにはならないけれど、見ていてとても冷や冷やする。
自分の作った料理が人に食べてもらう嬉しさよりも、麻痺だとか混乱だとかになる悲しさよりも、ガイウスが何度も私の作った料理を食べては倒れることにはらはらする。
「やっぱりある程度の規則性はあるみたいだね」
腕組みをして今まで様子を見ていたマルシャさんが言った。
「どうもね、ショーコが気合を入れて作るたびにガイウスの症状が酷くなるみたいだねえ。
8回目と9回目はもう嫌々作ってただろ? それで10回目で今度こそって気合を入れてなかったかい?」
「そう言えば……」
「どうも『メシマズ』ってスキルは、気合を入れれば入れるほどに発現するみたいだねえ。まあそれに他にもわかったことがあるじゃないか。料理に関する草なんかは変化するけど、薬にしか使わない草は何ともなかっただろ? これだけでも大発見だよ」
そう!
麻痺したときに使うシビレナ草は、不味すぎて料理に使えない。うっかり薬として置いてあったシビレナ草を触ってしまって慌てて謝ったけど、そこには変わらずにシビレナ草があった。
思えばズック草だって、ずっと足に履いているけど何も変化していない。
麻痺から回復したガイウスが、首を回して調子を確認している。
「あの、大丈夫ですか?」
「ああ問題ない。マルシャ、スキルが生えそうな気配はあるか?」
マルシャさんは黙って首を振った。
「こりゃ思っていたより大変かもね。元々スキルはそう簡単に発現するもんじゃあないけどさ、普通は10回も連続でくらえばそれなりに気配ぐらいは出るもんだ。けど、今のガイウスからはこれっぽっちも『メシマズ耐性』の匂いはしないね」
「そうか。そう簡単には行かないか」
「ああ、ガイウス。もうそろそろ陽も暮れてくる頃合だし、今夜はうちの離れに泊まっていきな。なあに、旦那もガイウス坊やなら嫌とは言わないさ。で、ショーコはあたしの部屋に泊まっていきな。年頃の娘が男と離れで二人きりなんざ、色々不便もあるだろう?」
意味ありげにマルシャさんがバチリとウィンクしてきた。
ガイウスの様子を見ると、マルシャさんのことを信用しているみたいで頷いている。
「よろしくお願いします」
何とかペコリと頭を下げそうになるのを押し止めた。
マルシャさんの部屋に案内されて驚いた。
まず、ドアノブにレースのカバーがかけられている。
ベッドにはパッチワーク、棚の上にもレース。
色こそ染料の問題なのか、くすんだ落ち着いた色合いが多い。それでも圧倒的にファンシーな部屋だった。どこか昭和の香りがするのは気のせいだろうか。
マルシャさんは部屋に入ると、着ていた黒いローブを脱ぎ去った。ローブの下は茶色のワンピースドレスに生成りのエプロン。そのエプロンには花模様が一面に刺繍されている。
「ふう、やっぱりこのローブは可愛くないから嫌だね。なのに、ちょいと刺繍入れたら神官らしくないって文句を言われたのさ。刺繍くらい入れたって構わないと思わないかい?」
脱いだローブをたたみながらマルシャさんはブツクサと文句を言っている。私も神官が花模様のローブはちょっとどうかと思う、と内心だけに留めて曖昧に笑う。
勧められた椅子に座ってマルシャさんと向かい合った。
「ねえショーコ、よくお聞き。あんたの『メシマズ耐性』はすんごいスキルだ。それはわかるかい?」
「はい、何となく……」
「あのね、貴族やら偉い身分の人にとっちゃあ、暗殺やらを防げる──毒薬も麻痺薬も睡眠薬も効かないなんてのは大変なことさ。あんたの思ってるよりも、ね」
暗殺だとか、遠い世界の言葉だと思って、すぐにここが異世界だと思い直す。そうか、貴族もいる世界なんだ……警察なんてないだろうし、現にガイウスだって長剣をいつも身に付けている。
そこから、マルシャさんは私の価値について説明してくれた。──さらわれて、無理やりに子供を産ませられる可能性があること。探索者協会もいい人ばかりじゃなく、貴族の跡を継げない息子も多くいるってことを。その人たちは、『メシマズ耐性』を知ったらどうするかってことを。
「あんたはちゃあんと考えなきゃいけないよ。貴族に保護してもらうのも一つの手さ。生活に困る事はなくなるだろうね。けどね、好きでもない男の子供を産み続けなけりゃなくなるかもしれない。残念だけど、『メシマズ』スキルがある限り、ただの村人になるってことはできないからね。炊事ができない嫁をもらいたがる男はいないからね。貴族や商人の下働きもできないね。お茶を入れるたんびに主人が倒れるなんて官吏に捕まっちまうよ。──ああそうだ、悪い奴なら商売敵に毒を盛らせるなんてことを、あんたにさせるかもしれないね」
マルシャさんの言葉が心にグサリと突き刺さった。酷い言われようだ。……でも、これはマルシャさんが善意で言ってくれてるってこともわかる。それだけ、『メシマズ』も『メシマズ耐性』も規格外なスキルなんだろう。
どうすればいいんだろうか。
「あんたはどうしたいんだい?」
この先──私は何ができるんだろう。
「すぐに答えがでるもんじゃないけどね、王都へ着くまでにしっかり考えておくんだよ」
一度話が途切れた後、マルシャさんはベッドの下から引きずり出した長持ちから、どんどん荷物を出してきた。
「ああ、これこれ。あたしが王都からここに来るときに使ったブーツなんだけどね、あんた、ちょっと履いてみな。いつまでもズック草じゃあ格好悪いだろ。おやまあ、ちょうど良さそうじゃないか。それからこの背負い袋。ちょいと値が張ったが防水になってるのさ。ミズコナ草の染料で染めてあるのさ。少しの雨ぐらいなら荷物が濡れることもない優れモノさ。干し肉も堅パンも、水に濡れるとあっという間に傷んじまうからね。そうそう、この水筒、とっても可愛いと思わないかい? これは王都でも有名な雑貨店のペシュリスのところの当主の孫娘がお祝いに作ったってものでね、あそこの孫娘の成人の鑑定をした時にもらったのさ。アルシュカって名前でね、アルシュの花からとった名前だからって模様を入れてあるんだよ。でもねえ、あたしゃ普段は旅なんてしないから、こないだ王都からここへ来るまでずっと使う機会がなかったのさ。だってねえ、旦那も息子もこんな可愛い花柄なんてちょっと似合わないじゃないか。でももうあたしが旅をすることもないだろうしねえ。あ、そうそう。このポンチョもすそ周りに蔦模様がぐるりと入ってて小洒落てるだろ。旅だからって新調したのは良かったんだけどさ、どれ、ちょいと羽織ってごらんよ。……おや、ちょうど良さそうじゃないか。よく似合うよ」
マルシャさんに促されてポンチョを羽織ってくるっとその場で一周させられると、マルシャさんの目尻に笑い皺が寄った。「遠慮なんかするんじゃないよ」と言って、あれよあれよと言う間に旅に使えるものが積み上がる。ずっと喋りっぱなしで遠慮をする隙もない。
「あの、こんなにして貰っても、私には何もお返しできないです……」
申し訳なくてそう口にすると、マルシャさんはニカッと笑った。
「こんなおばちゃんのお古さ。どうせこのままずうっと長持ちの中にしまい込んでるだけのものさ。使える物は使える人間が持った方がいいってものさ。ただねぇ……もしあんたが気に病むなら、その分をガイウス坊やに返してやってくれないかい? あの子はね、3年前に師匠だったガルムの爺を亡くしてからずっと落ち込んでたのさ。そうそう落ち込んだ様子はなかなか見せないんだけどね、それでも何となくわかるもんさ。こんなちんまい頃から知ってるからね。それが半年振りに会ったらどうだい。ちゃんと笑うようになってるじゃないか。ね?」
私はマルシャさんに押し切られる形で頷いた。
「あんたがしなきゃいけないのは2つだけさ。王都に行った先のことをちゃあんと考えておくこと。それとガイウスにいつか恩を返すってことだけさ」




