ガイウス、異世界人と遭遇する 「こいつはやっぱり異世界人だ」
俺は、目の前で堅パンと干し肉を食べる女を見て……ひいていた。
そして、確かにこの女は異世界人なんだと納得していた。
10歳になる前から、俺は探索者の真似事をしていた。スラムで生まれ育った俺は、運がいいことに探索者の男に気に入られて弟子として育てられることになった。
気に入られたきっかけは、街の外でその男がいつも集めている草を、見様見真似で取って男に売りつけたことだった。
ヨサ草とモサ草は、その辺の原っぱにいくらでも生えている。そして、その二つはそっくりだ。少しばかり葉先が丸いのがヨサ草で、家畜が食べると身が美味しくなるらしい。逆に、モサ草を食べると家畜の調子が悪くなる。
男がいつも袋いっぱいに草を集めて探索者協会に入っていくのを眺めてた俺は、草を集めて男に売る事を思いついた。
なにせ探索者協会は12歳になるまで登録もできない。スラムでいつも腹を減らしていた俺は、男に草を売った金でパンを買おうとたくらんだ。街の外で草を集めていると、先が尖った草と丸い草があることに気がついた。俺は、それを別々の袋に入れて男に売ることにした。──どっちが男の集めている草なのかよくわからなかったからな。
街の外に出てきた男に、袋を二つずいっと突きつけて俺は言った。
「おっさんの代わりに集めてやるから分け前をくれ」
葉が尖った草の方の袋をのぞいた男がしかめっ面して「これじゃあ金はやれんな」と言ったから、丸い葉の草を集めた袋を突きつけた。
袋をのぞいた男は、ちょっと黙ってしばらく袋の中身を確認したかと思ったら、急にガハハハと笑い出した。
「おい、坊主。お前にはヨサ草とモサ草の区別がつくんだな」
「そんなの当たり前だろ、今度からこっちを集めればいいんだな」
馬鹿にされたかと思って強気で言い返すと、男はまたガハハと笑った後で俺に持ちかけた。
「坊主、俺の弟子にならないか」
そして俺は、スラムの孤児からおっさんの弟子へと昇格した。そして今まで「おい」だとか「クソガキ」だなんて呼ばれていた俺に「ガイウス」っていう名前ができた。
どうやら植物の区別は、俺が思っていたよりも間違えやすいものらしい。
俺からするとそんなに難しいことじゃなかったが、探索者でもきちんと植物を採取できる人間は少ないとのことだった。だからこそおっさんはヨサ草の採取──そりゃもう街の外にいくらでも生えている──で生活できていたわけだ。何せモサ草を家畜に食べさせたら、家畜が死んでしまうことだってあるらしい。
おっさんの弟子となって探索者見習いになって、おっさんから植物の基本を教え込まれた。
意外にも、12歳の時に神殿で受けた託宣──おっさんが費用を出してくれなきゃ俺が託宣なんて受ける事もなかった──で、俺には採取にまつわるスキルはなく、『頑健』と『毒耐性』がついていた。スラムで育った俺は、食えるものなら何でも口にしてたせいだ。せっかく探索者として育ててもらってるのに採取にまつわるスキルがないとべそをかいた俺に、やっぱりおっさんはガハハと笑った。「森で採取するのに『頑健』と『毒耐性』があれば心強い」と力いっぱい背中を叩いてきた。
17歳になった時に、ようやくおっさんから一人前だと認められた。
それから10年。俺は3年前までは中央森林、最近じゃあ西果 ての森を採取場にする探索者としてほどほどに有名になった。この森には毒のある植物も多いが、それ以上に有用な植物が多い。
今回は麦の虫害を防ぐために畑にまく、虫だけに効くムシコナサ草を依頼されて西果ての森に入る事になった。ムシコナサ草の多く生える場所は、近場の村から森へ入って3日ほど歩いた所にある。往復も考えて7日分の食料を持って俺は森に入った。そして目当てのムシコナサ草を手に入れて、村まで後半日といったところまで歩いた時に、俺は妙な気配に気がついた。
今思えば、その日はやけに森がざわついていた。
この先にある広場──森の中にはいくつか広場があり、そこには何故か獣や魔物が近寄らない──に気配がある。それに気がついた俺が即座に木立に隠れながら近づいて様子を探ると、水色の上下を着た女がぬぼーっとした表情で突っ立っていた。
どう見ても、森に向いた格好じゃない。
魔物か?
広場に魔物は入らない。
しかし新種の魔物の可能性もある。
俺は煙草に火をつけ、しばらく女の様子を探る事にした。
きょろきょろと辺りを見回したかと思うと、広場の端から森をうかがおうとする。
広場の泉から水を飲もうとして手で掬い、やっぱりやめたとばかりに手を引っ込める。
そうしてまた、おろおろと立ち尽くす。
何してるんだ?
煙草をふかしながら奇妙な女を観察する。
この煙草は魔物が嫌がる匂いがする。魔物にとっちゃあ、きっとクソみたいな臭いに感じるんだろう。ただし、滅多に手に入らないマギライ草から作るために少々値が張る。俺みたいに自分で採取できる奴でもない限り、そうそう気軽に使うことはできない。俺はこの煙草の匂いが気に入っているから、自分用に採取して煙草を作っている。だから普段から吸うことが多い。俺のたった一つの贅沢だ。
充分に辺りに煙が広がったところで、俺はわざと足音を立てて森を歩いた。その辺で拾った枝で下生えの草をかきわけながら歩く。
間抜けな顔をしてぼけーっと突っ立っていた女が、俺の立てる音に気がついた。
何となく、記憶にひっかかる。
そう思いながら俺は女に声をかけた。
「よお、こんなところで何してるんだ?」
女がスンスンと鼻を鳴らして煙草の香りを嗅ぎ、気に入った様子を見せたところでやっと俺は身体から力を抜いた。
そして、女がどこから何の目的で森に入ったのかを問い詰めた。森に入るのは探索者以外に許されていない。どこの協会に登録してるのか、何のために妙な格好で広場にいるのか。しどろもどろにここではない場所から気がついたらここにいたこと、探索者なんて聞いたこともないことを答える女を見ているうちに、俺はようやく合点がいった。
「あの、信じてもらえないかもしれないですけど……私は異世界から来たかもしれないです」
おずおずと女がそう言ったことで確信した。
ああそうだ、探索者協会の入会時に宣誓した文章だ。
1-1.もしも異世界人を見つけたら探索者協会本部へ連れて行こう! ★報奨金ありマス
1)異世界人はびっくりするくらい無防備です、優しくしてあげてね☆
2)基本的に多分、緊張感のない間抜けな顔してることが多いかもね☆
どうも大昔に探索者協会を作ったのが異世界人らしく、探索者協会の入会時には異世界人保護を約束させられる。まあ結局、探索者協会を作った異世界人以降は異世界人だという人間はついぞ見つかっていないのだが。それでも創立者の決めた唯一のルールってことで、いの一番に約束させられる。
宣誓の文章があまりにふざけたものだったので、記憶に強く残っていた。ふざけた文章なのは当時の異世界人の口述筆記だったためらしい。
本当に異世界人っていたんだな。
それに宣誓にあった通りに、西果ての森にいるっていうのにずいぶんと無防備かつ緊張感もない。
ショーコと名乗ったその女は、俺がまさに宣誓の時に想像した異世界人そのものだった。
成人はしているようだが、どこかぼんやりして見える。
艶々とした黒髪が、女が必死で手振り身振りで話すたびにサラサラと揺れる。よく手入れされているんだろう。濃い茶色の瞳が、おどおどと不安げに泳ぐ。──どうやら俺の長剣が気になるらしいが、警戒というよりかは好奇心のように見える。
身なりは奇妙な水色の上下で、ずいぶんと品質も良さそうだ。そもそもここまで綺麗な発色をさせる染料は庶民には使えない。染め粉代だけで一財産かかるだろう。かといって貴族様ほど高飛車でもないし偉そうにもしない。
ペコペコとやたらと頭を下げようとするから頭をそんな風に下げるなと言えば、困ったような顔をして、それでも素直に頷いた。
さすがに寒そうな格好をして震えているのが丸わかりだったから、コートを貸して焚き火を熾してやったが。おい。コートの匂いを嗅いで顔をしかめるな。ま、まあ、そりゃそいつを最後に洗ったのが、ちょっとばっかり遠い昔になっちまってるけど、な。
火に当たりながら、ひとまず王都へ連れて行くことを決めた。
そしてまだ少し顔色の悪いショーコに予備の食料を投げ渡した。
「堅パンが3つに干し肉2切れ、それに水筒だ。明日の夜までそれだけしかないからな。
ああ、水だけなら途中で汲むことができるぞ」
「あ、ありがとうございます!」
また頭を下げようとしたから鼻で笑ってやった。
「くっくっく。早く慣れるんだな」
ショーコの汚れたところのない衣服や傷のない指先から見るに、堅パンや干し肉なんて食べた事もないだろう。俺だって、こんなもの、探索中以外じゃ好んで食べようとは思わない。
堅パンも干し肉も、袋に入れてある小刀で少しずつ削って口に入れる。堅パンなんかはあっという間に口の水分を持っていくから、水筒の水で口の中でゆっくりふやかして食べる。干し肉もしょっぱいし獣臭いしおまけに硬い。これも同じように口の中でゆっくりふやかさなきゃ食えない。どちらも美味いか美味くないかと聞かれれば、不味いと誰もが断言するような代物だ。
俺が堅パンと干し肉食べ方を説明しようと思った時には、すでにショーコは思いっきり堅パンにかぶりついていた。
は……はああああ!?
そのままアグアグとかぶりついて、あっという間に堅パンを食べ終えると、今度は干し肉にかじりつき、これまたすぐに食べ終えた……水筒の水を一口も飲むことなく。
呆然とショーコを見ている俺に気づき、きょとんとした顔で聞いてきた。
「え、あれ? もしかしてこれ、ガイウスさんの分も入ってました?」
俺は首を振って、恐々とショーコに聞いてみた。
「な、なあ、美味しいのか、それ?」
「はい! なかなか味わい深くて美味しいです!」
「そ、そうか……」
こいつはやっぱり異世界人だ。