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閑話 東方からの商人

「お嬢様、東国からの商人が参りました」


 部屋でぬかみそをかき混ぜていると、シシィが商人の来訪を告げに来た。

 シシィは鼻をおさえつつ、私に濡らした布をくれる。


「ありがとう。今日もぬかみそは絶好調よ。後でキュウリを食べさせてあげるわね!」


「……ありがとうございます。ヌカヅケは美味しいですが、この匂いにはなれませんね」


 手についたぬかみそを拭い、シシィを連れて私は商人を通してある部屋に向かった。



「ごきげんよう、ヨシヒーローさん」


「これはコゼットお嬢様。いやはや今日もお元気そうでなによりでゴザル。本日はお嬢様に特別な品をご用意したでゴザル」


「あら、なにかしら。楽しみね」


 東国からの商人、ヨシヒーローさんは黒髪黒目の和顔で、前世日本を思い起こす顔立ちをしている。

 口調がエセ時代劇のようでおかしいため、他の貴族家では田舎者扱いされてあまり話を聞いてもらえなかったそうだ。

 しかし、ボブじいさんでおかしな口調に慣れている我が伯爵家では、今やなんの違和感もなく受け入れられている。

 人を口調で判断してはいけない。大切なのは中身である。


 ヨシヒーローさんは私の難しい注文にも精一杯応えてくれる、なかなかに有能な商人なのだ。


「じゃじゃじゃーん!じゃーんじゃーんじゃーんじゃーん!モークーサークーエーキー」


「モクサクエキ?」


 ヨシヒーローさんが掛け声とともに懐から取り出したのは、茶色い液体だった。

 ガラス製の小瓶に入っているその液体は、木を燻したような匂いがした。


「これは、木炭を作る時に同時に取れる液体なのでゴザル。木酢液といって、虫除け効果もあるうえ、入浴剤としても気持ちがいいのでゴザル。しかも……足のカイカイ病に効くのでゴザル……!」


「なんですって……!」


 私は雷が落ちたような衝撃を受け、よろめいた。

 足のカイカイ病……革靴を履く男性に多く見られる、足が蒸れた状態が続くことで発症し、悪化する憎き病……!



 そう、その名は……!

 水虫!


「あの病に効くなんて!素晴らしい商品だわ!」


 ヨシヒーローさんはニンマリと笑った。


「東国に伝わる秘伝の薬なのでゴザル。お嬢様にはお世話になっているから特別でゴザル」


「ありがとう!なんて素晴らしいの!……でも勘違いしないでちょうだい。私はカイカイ病ではなくってよ。大切な事だから二回言うけれど、私はカイカイ病ではなくってよ!」


 これはとても重要なポイントだ。


「わかっているでゴザルよ……」


 ヨシヒーローさんは悟りを開いたような優しい顔で頷いた。

 いや、ちょっと。


「そんな生あったかい目で見ないでちょうだい!断固としていっておきますけどね、私は潔白よ!」


「……それはそうと、この木酢液は竹炭を作る時にもとれるのでゴザル」


「流さないで!お願い!……え?竹炭?」


 竹炭でも?!衝撃を受ける私に、ヨシヒーローさんは重々しく頷いた。


「その場合は竹酢液になるでゴザル。効能はあまり変わらないでゴザル」


 なんという事でしょう。

 竹でも作れるということは、我が家の竹林を更に有効活用出来るではないか。


 だが、我が家でも作れるとなると、木酢液を輸入する必要が無くなってしまう。

 ヨシヒーローさんはそれでいいのだろうか。


「竹でも作れるなんて、更に素晴らしいけれど……私にそれを教えてしまっては、ヨシヒーローさんの木酢液の儲けが薄くなってしまうのではなくて?」


 私はヨシヒーローさんの真意を窺うように、訝しげに彼をを見つめた。


「……お嬢様にはお世話になっているでゴザルからね。竹林の予想外の成長速度に罪悪感があるのも事実でゴザルけどね」


「ヨシヒーローさん……」


 ヨシヒーローさんも予想外というように、東国では竹はここまで素早く成長しないらしい。

 我が家の庭で着々と勢力を強めている竹林は、余程この国の風土に合っていたのだろうか。


「でも、竹酢液を作るには熟練の技術がいるのでゴザル。そこで、この国に職人を派遣するのがいいと思うのでゴザルが……」


 ヨシヒーローさんはチラリと私を見やった。

 なるほど、さすがは商人。なかなか抜け目がない。


「つまり、この国に商売の拠点を置く際の口添えを求めている訳ね」


「……さすが、お嬢様は話が早いでゴザル」


 黒髪の商人は、我が意を得たりとニヤリと笑う。

 アルトリア王国で店舗を出したり大きく商売をするには、貴族の庇護が必要になってくる。ヨシヒーローさんが店舗出店まで計画しているのかはわからないが、エーデルワイス伯爵家としての後押しが欲しいのだろう。

 今までは商人と客としての付き合いだったが、これからは伯爵家として、シグノーラ商会としての付き合いになるということだ。


「わかりました。お父様にご相談するわ。けれどこちらに拠点を置いたとしても、竹酢液の販売権はシグノーラが貰うわよ。店舗を構えるまでは東方からの商品の委託販売はうけたまわるけれど、手数料は貰いますからね」


「シグノーラの信用と看板を借りられるならば確実な売り上げが見込めるでゴザル。手数料はいかほどに?」


「それは追々詰めていきましょう。商品を見てもいない内から決められないわ」


 シグノーラの看板を貸す以上、適当な商品を売られるわけにはいかない。

 しっかりと見定める必要がある。


「また改めて商談の機会を設けましょう」


「期待しているでゴザル」


 私たちはガッシリと握手を交わした。












 それから暫くして、シグノーラからタケサーク液という新商品が売り出されることになる。

 様々な効能を謳われた不思議な茶色い液体は、最初は奇異の眼差しで見られており、効果を疑ってかかるものも少なからずいた。

 しかし、試しに使用した騎士団の団員のカイカイ病を快方に向かわせた事から軍部や騎士団で採用され、爆発的な人気を誇る事となった。

 このことでシグノーラの信用と人気はさらに高まり、店舗で新しく発売された東方からの輸入商品も飛ぶように売れたのだった。





「ウッハウハでゴザルー!!!」




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― 新着の感想 ―
ネタだとは思いますが、木酢液は足の痒みには余り効果が無いそうですよ。
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