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第2章11

「ごきげんよう」


 教室の扉を開いて挨拶をした瞬間、教室が静まり返った。

 今朝は早くに目が覚め、早めに登校している。殿下をはじめとした、ジュリア様などのよく話すメンバーはまだ来ていないようだ。


 まばらにいるクラスメイトの視線は私に集中しているのに、皆怯えたように口を閉ざし、挨拶を返そうとするものはいなかった。


 いつもと違うその様子に、私は首を傾げた。

 常ならば大抵の人間は挨拶を返してくれるのだが……

 私は再び口を開いた。


「ごきげんよう」


「ご、ごきげん麗しゅう。コゼット様……」


「おはようございます、コゼット様」


 今度は何人か挨拶を返してくれた。

 しかし気弱げなその令嬢と令息はおどおどとこちらを窺うような態度で腰が引けている。


「偉そうに。もう王太子妃気取りなんて、気が早いこと……」


「殿下に近づく人間を追い払っているのですもの、そりゃあ恐ろしくって近寄れませんわ」

 かまさ

「いくら殿下と親交が深くたって、所詮は伯爵令嬢の分際でおこがましいったら」


 あからさまな嘲笑の声に、私はキョロキョロと周りを見回したが、私以外のクラスメイトは教室の中ほどに固まっている。


 うーん……やっぱり、私のこと?

 王太子妃気取りだった覚えは無いけれど。


「白々しい……王太子殿下を誑かす、悪女めが」


 憎しみのこもった暗い声に、私は思わずそちらを振り返った。

 壁際に何人かの令嬢がかたまり、こちらを睨みつけている。


 その中でも最も憎しみを込めた眼差しで私を見つめる令嬢は……プリシラ嬢だった。


 私と目が合った瞬間、彼女はその小動物のような可憐な顔に涙を浮かべて目の前の令嬢に取りすがった。


「ああっ!なんて恐ろしい……!今もあのように睨みつけて!」


 プリシラ嬢が縋り付いた令嬢は彼女を抱き締めながら、私に顔を向けてギッと睨み据えた。


「大丈夫ですわ、プリシラ様。私が付いています。昨日のようにはさせませんわ!」


「ええ。昨日は殿下とダンスをしていた私を無理やり引き離して……それはもう恐ろしい思いをしたのです。うっ……!」


 私はもちろん睨みつけてなどいない。

 ポカンと口を開け、呆然としているだけだ。


 硬直する私を尻目に、プリシラ嬢の勢いはさらに増していく。


 まるで現実感のない状況に、私は昼ドラを思い出していた。


 こういうキャラいたなーー

 ヒロインが虐められたり、汚名返上に頑張ったりするんだよね。

 この場合のヒロインは私なのだろうか。

 だとしたらとても面倒くさい。

 別に汚名返上しなくてもいいしな……

 昼ドラは視聴者としてみるに限る。


 どうしたものかと悩んでプリシラ劇場を眺めていると、後ろから肩をポンと叩かれた。


「よお、コゼット。どうした?」


「ゲオルグ。ごきげんよう。うーん、なんかね、説明し辛いんだけど……」


 私はゲオルグに事情を説明した。

 ゲオルグはふむふむと聞いていたが、だんだんに面倒くさそうな顔になっていく。


「なんだそれ。女ってめんどくせーな。それより俺、腹減ったんだけど。なんかない?」


「仕方ないわねえ。おやつに芋もち持ってきてるから、授業が始まる前に食べちゃいなさい」


「やった!芋もちうまいよな!」


「うまいじゃなくて、美味しいでしょ!」


 私はにこにこしたゲオルグとともに席に向かった。

 しかし、最近のゲオルグは口調がどんどん貴族離れしていっている。鍛錬仲間の影響だろうか。

 今度注意せねば。


「ごきげんよう。ゲオルグ様、何を食べていらっしゃるの?」


「芋もち」


「まあ!コゼット様のお手製ね!私も食べたいわ!」


「ごきげんよう、ジュリア様。どうぞどうぞ」


 私はジュリア様の分の芋もちを取り出し、二人のために竹筒からコップにお茶を注いだ。




「って聞きなさいよおっ!!」


 突然、大声とともに机がひっくり返り返された。

 芋もちとお茶が宙を舞う……!


 ああっ!

 丹精込めて作った芋もちが……!

 私は芋もちの悲惨な末路を想像し、ぎゅっと目をつむった。



「とうっ!」



 しかしその時……!

 椅子から躍り上ったゲオルグが、ひとつは口に、そして両手にふたつの芋もちを掴みとり、華麗にターンを決めて着地した。


「ゲオルグ!」


 ゲオルグは口に咥えた芋もちをもぐもぐして飲み込むと、ふっと前髪を払った。


「食べ物を粗末にしてはいかん」


「素晴らしいわ!ゲオルグ様!」


 ゲオルグの勇姿に興奮したジュリア様が惜しみない拍手を送っている。

 もちろん私も。



「お楽しみのところ悪いのだけれど、誰か拭く物をくれないだろうか……」


 静かな怒りのこもった声に、恐る恐るそちらを向くと。


 そこには頭にコップをのせて、全身からお茶を滴らせた王太子殿下レオンハルト様が立っていた。



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