第2章9
授業が終わり、ダンスの練習をするためにみんなで小ホールに向かう。
練習のために昨日、使用申請を出していたので貸し切りだ。
小ホールといってもかなり広い。
全員で踊っても全く問題ないだろう。
「まずは基本のワルツから始めましょうか。私がピアノを弾きますわ」
エミリア様はピアノの名手だ。
簡単なワルツを弾いていても、ひとつひとつの音が優しくほがらかに響く。
「エミリア様のピアノは本当に素敵ね。聞き入ってしまって踊れなくなりそう」
「まあ。ふふふ」
私もピアノを習っているため同じ曲を弾くことは出来るが、全く別物のように聴こえる。
「さあ、まずは誰から踊る?」
ホールの真ん中で殿下とゲオルグが手を差し伸べる。
「それでは私はまずは見学致しますわ」
ジュリア様がそう言ってホールの隅に移動した。ジュリア様はダンスを得意とされているため、アドバイスをくれるつもりなのかもしれない。
男性は二人、女性は三人。先に見学しようかな?と口を開きけた時、殿下がこちらに向かって手を差し出した。
「それじゃあ、コゼッ……」
「殿下、お願い致します」
その時、プリシラ嬢が私と殿下の間にするりと入って殿下の手を取った。
「あ……」
殿下の手を取ろうとしていた私の手は置いてけぼりになった。
殿下はこちらをちらっと振り返りつつも、プリシラの手を取って踊り始めた。
「コゼット様、ゲオルグ様と踊られては」
行き場を失った自分の手を握りこんだ時、マリエッタ様がそう声をかけてくれた。
「いえ、私もまずは見学させてください。お先にどうぞ踊られて下さいませ」
私はにっこり笑って二人を送り出した。
二組のカップルがホールの中をくるくると回る。
マリエッタ様は少しぎこちないが、ゲオルグのリードが上手いためか段々に緊張がとれ、おっとりと優雅に踊りだす。
確認するようにステップをしっかりと踏んでいるので、私も頭の中でおさらいする。
殿下とプリシラ嬢は……
「キャッ!すみません……」
ダンスが苦手なのだろうか。
プリシラ嬢は足を踏み外しては殿下に抱きとめられていた。
殿下はダンスがとてもお上手なので危なげなく彼女を抱きとめられるが、これはかなりの練習が必要そうだ。
「あっ!ありがとうございます」
……いくらなんでも下手すぎではないだろうか。
再び殿下に縋り付いているのをみて、胸のあたりがもやもやする。
……そんなにくっつかなくてもいいのに。
なんとなく見ているのが嫌になってふいと横を向くと、物凄く至近距離にジュリア様がいた。
「……っ!」
「わざとですわね」
「え?」
ジュリア様は二人を見据えたまま呟いた。
「あの方、授業ではもう少しマシでしたわよ。優雅さの欠片もないところは変わらないけれど」
やっぱりか……
さすがに私でも、プリシラ嬢がわざと殿下に抱きついていることはわかる。
私でもわかるのだから、ジュリア様や殿下も当然わかっているだろう。
「プリシラ様。もうお帰りになってはいかがです?今日は気が散っていらっしゃるようですし」
ジュリア様が唐突に声をあげる。
その鋭い声にエミリア様を含めた全員がピタッと動きを止め、ホールが静寂につつまれた。
「わ、私、そんなつもりじゃ……」
青い顔をしたプリシラ嬢は、目に涙を浮かべながらふるふると首を振る。
「それでは体調でも悪いのかしら。普段はもう少しマシですものね」
ジュリア様の辛辣な言葉に、プリシラ嬢は小さく震えだした。
「ひどいわ……ダンスがうまく踊れないからって。ねえ、コゼット様」
プリシラ嬢は私のほうに涙の浮かぶ目を向ける。
私は少し困りながら言葉を返した。
「私にも、あまり真剣味は感じられないかも……しれませんわ。ジュリア様は少し言い過ぎですけれど」
「あら。ごめんあそばせ」
ジュリア様はツンと首をそらした。
「コゼット様まで……ひどい!」
プリシラ嬢はキッと私を睨むと、自分の荷物を掴んでホールから出て行った。
「あ……」
追いかけた方がいいのだろうか、しかし頭に血が上っているだろういま、何を言っても無駄な気がする。
「ほっとけよ。俺も横目で見てたけど酷かった。な、殿下」
「うむ……むしろあれで真剣に踊っていたほうが問題だな」
ゲオルグと殿下がうむうむと頷き合っている。
「まあ、気を取り直して練習を再開致しましょう」
エミリア様がポンと手を打って声をあげたことで、私たちは気を取り直してダンスを再開した。




