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スリッパについてシシィとあれこれ話し合っていると、コンコン、とノックされた。
「はい、ただいま」
シシィが取り継ぎにたつ。
「シシィ、コゼットは気がついたかしら」
「奥様!申し訳ございません。コゼット様は目を覚ましていらっしゃいます」
どうやらお客様のお見送りが済んだお母様がいらして下さったようだ。
私はパパッと服の皺を伸ばし、お母様へと駆け寄った。
「お母様!ご心配をおかけして申し訳ありません。私はもう大丈夫ですわ。庭園が暖かかったためか、気が遠くなってしまったようですわ」
お母様に心配をかけないように、元気さをアピールするためにその場で何度か飛び上がってみせた。
ドスン!ドスン!
クッション性バツグンの、ふかふかの絨毯が敷いてあるはずなのにありえない音がする。
しかしお母様は気にもとめず、私を抱きしめてくれた。
「ああ!コゼット!元気そうで良かったわ!貴女が倒れたと聞いて、どんなに心配したことか!お母様も倒れてしまいそうだったわ!」
お母様は、湖面をうつしとったような深いサファイヤブルーの瞳に涙を浮かべて喜んでくれた。
本当に心配をかけてしまったようだ。
たおやかな白い腕が、私をきつく抱き締めてくれる。色だけは私と一緒の栗色の髪から、花のような甘い香りがして、私はうっとりとお母様のふくよかな胸元に顔を埋めた。
ホント、色あいだけは一緒なのに……
何を隠そう、私とお母様はそっくりなのだ。豊かな栗色の髪と、サファイヤブルーの瞳だけは……
横幅が若干……いやかなり……違うだけで。
しかし、今はお肉に埋もれたこの瞳も、お肉さえとれればお母様のようなぱっちりお目目になるはずだし、花のかんばせと例えられる顔つきだって同じになるはずなのだ!
多分……
私がまだもっと小さい頃は、周りじゅうみんながお母様とそっくりだと褒めてくれたし、娘ラブなお父様だけはいまでもお母様とうり二つだといってくれる。
痩せさえすれば、私の美貌は約束されたも同然なのだ!
絶対に!……いや、多分……
私がまたしてもぼーっと物思いにふけっていると、お母様が私の顔を覗き込みながら優しく語りかけてきた。
「コゼット、元気なようなら、夕食はいただけそう?コゼットが元気になるように、今日はコゼットの好物をたくさん作ってもらいましょうね!」
お母様の嬉しい提案は、ダイエットを決意した私には嬉しさを通り越してつらくなりそうなものだった。
「お母様……私、実はダイエットをしようと思いますの。だから、夕食は野菜をたくさん食べたいわ」
ダイエットの基本は野菜である。
野菜!根菜!温野菜!
強い決意を秘めた私の瞳に、真剣な思いを感じ取ったのか、お母様が神妙に頷いた。
「わかったわ、コゼット。お母様も協力する。コゼットはそのままでも可愛いけれど、最近はほんの少しふくよかだものね」
「そうなの!だからダイエットするのよ!」
どう考えてもほんの少しではないが、お母様の優しさだろう。
「でもコゼット。コゼットに滋養をつけさせようと、料理長が張り切って特大のケーキを作ってしまったの。それにつられたお父様が張り切って、キジと仔ウサギを狩ってきてしまったわ。どちらも脂がのってとっても美味しそうだったわよ」
お母様の言葉に、私はうっとたじろいた。
キジ肉と、仔ウサギ……どちらも私の大好物だ。新鮮なうちにステーキにしたときの、柔らかさと脂ときたら……ゴクリ。
しかも料理長の腕によりをかけたケーキ。自慢じゃないが、我が家の料理長はこの国一番と言われるほどの腕の持ち主で、国王からの招聘を断ってまで我が家で働いてくれているという謎人物……じゃない、すごい人なのだ。
だが、基本的に作りたいものしか作ってくれず、特にケーキなどはお茶会でもなければあまり作ってはくれない。
だから私は今日のお茶会ででるケーキを楽しみにしていたのだ。
食べれなかったけど……うう。
「とっても美味しそうな、ケーキだったわ」
お母様の甘い声が追い打ちをかける。
「だ……」
「だ?」
お母様とシシィがそろって首をかしげる。
「ダイエットは、明日からぁーーー!!!」
どこかで聞いたような台詞を叫びながら、私は明日からのダイエットに対する決意を新たにしたのであった。