第2章6
「ジュリア様、こちらはローズヒップティーにドライフルーツを加えてみました。今回は林檎でございます」
「まあ!なんていい香りなのかしら」
シグノーラの応接間でお茶を楽しみながら、あれこれと相談していく。
「季節のフルーツを使うことで色々な種類のフレーバーが楽しめますわね」
「ここに紅茶をブレンドしてみたら、もっと飲みやすくなるのではないかしら……」
ローズヒップティーに紅茶とドライフルーツを加えて新商品として売り出す事にした。
ビタミンたっぷりで美容に最適なうえ、とても美味しい。
「そうだわ、この新しいお茶をレミーエ様に送りましょう!ジュリア様と考えたものだなんて、きっと喜んで下さるわ」
ポンと手を叩いていう私に、ジュリア様は少し困った顔をした。
「どうされました?」
「……私、お父様にレミーエ様との交流を禁じられていて……」
ジュリア様は悲しげに目を伏せた。
お父上の気持ちもわからなくはない。レミーエは罪に問われなかったとはいえ、ドランジュ公爵家は取り潰しにあっている。
自家へ累が及ぶのを防ぐ為にも、一切の交流を絶つのは貴族家当主として当然の判断である。
むしろ、被害者とはいえそれを私に命じていないお父様のほうが特殊だろう。
でも……それは少し寂しい。
ジュリア様自身もそう感じているんじゃないだろうか。
彼女は信号機連の中でもレミーエ様と特に仲が良かったようだし……
「……ジュリア様。良かったら私が書く手紙の中に紅茶の説明を一言添えて頂けませんこと?私ではわからない部分ありますし」
私の言葉に、ジュリア様はパッと顔を上げた。
「も……もちろんですわ!説明文は得意なんですの!」
ジュリア様は少し潤んだ瞳で、はにかむように笑った。
ジュリア様はお店に置く紅茶用の説明文もついでに考えてくれることになった。
それを待つ間、すっかり冷めてしまった紅茶を淹れなおしているところにノックの音が響いた。
「お嬢様、失礼致します。レミアス様ががいらしています。お通ししても宜しいですか?」
シシィがひょっこりと顔を覗かせる。
侍女としては無作法だが、店の方がかなり忙しいのだろう。
「構わないわ。ジュリア様、宜しいですか……え?」
ジュリア様を振り返ると、ティーカップを持ったまま固まっていた。
「ジュリア様?おーい、ジュリアさまー」
顔の前で手を振っても、ほっぺをツンツンしてみても動かない。
「やあ、コゼット。お久しぶりです。ジュリア嬢もお元気でしたか?」
そこに、柔和な笑みを浮かべたレミアスがやってきた。
国王陛下の裁定の時以来なので、約三ヶ月ぶりだろうか。
あの時はだいぶ具合が悪そうだったが、今見た限りではそれ以前の健康的な姿に戻っている。
頬も本来の薔薇色に戻っていて安心した。
「レミアス!元気そうで良かったわ!随分忙しそうだったから心配してたのよ」
「拝領した領地の管理も一応ひと段落したので、少しは余裕が出来ました。まだまだ学園に戻るのは難しそうですが」
レミアスが拝領した子爵領は、ドランジュ公爵の持っていた領地の一部が改めて与えられた形になったと聞いている。
公爵領より少なくなったとはいえ、子爵領としてはかなりの広さらしい。
新米子爵に対する過分な処置は、国王陛下のレミアスに対する期待の表れだそうだ。
「そうだ!いまジュリア様と新しいブレンドティーを考案していたの!是非レミアスも飲んでみてちょうだい。ね、ジュリア様……」
返事がない。ただの石像のようだ。
ジュリア様はまだ固まっていた。
レミアスが心配気にジュリア嬢の顔を覗き込んだ。
「ジュリア嬢……?大丈夫ですか?」
「……レレレレレレレ」
まずい。ジュリア様が壊れた。
「れれれれれれれれみあす様!わ、私は元気ですわ!オ、オーッホホホ」
ジュリア様は高笑いをしているが、いつもよりキレがない。顔も真っ赤になっている。
「ジュリア嬢?お顔が真っ赤ですよ。お茶でも飲んで落ち着いて下さい」
レミアスが、ジュリア様の手にそっとティーカップを握らせた。
更に顔を真っ赤にしたジュリア様は、手に持った紅茶をそのまま一気飲みした。
「ま、まだ熱いですわ!ジュリア様!」
「ぶふぁっ!……だ、大丈夫ですわっ!コゼット様、説明文は明日お渡ししますわね!今日はこれで失礼致します!」
顔を赤くしたまま涙目で紅茶を飲み干したジュリア様は、逃げるように去っていった。
あまりの早業に止める間もなく、私たちはポカーンと口を開けたまま見送った。
「私、ジュリア嬢に嫌われているのですかね……いつも私の顔を見るとにげるんですよね」
レミアスが寂しげにポツリとこぼした。
「いや、あれは…………そんな事はないと思うわ」
こういう事は私が言っちゃダメなやつよね。
前世で散々娘にデリカシーがないって怒られて学習したのよ。
「とりあえず……紅茶でも飲みましょ」
私は気を取り直してレミアスに紅茶を勧めた。




