60
アンジェの学園入学後、どういう経緯かはわからないがグランシール侯爵にその文書が渡った。
「……文書を手に入れたグランシール侯爵は、前王の血をひくと『勘違い』していたアンジェ嬢を使って王位簒奪を企んだ。アンジェ嬢をここへ」
レイニード伯爵の言葉に私は驚愕した。
勘違い?ということは、アンジェは前王の子ではないということ?
だがゲームの設定では王家の血筋だったはず……混乱する頭を必死に動かしていると、謁見の間にアンジェが連行されてきた。
後ろ手に手首を縛られて……
「離してよ!高貴な身の私にあんたらごときがさわらないで!」
アンジェは兵士の手から逃れようともがいているが、屈強な兵士はビクともしない。
自力で逃がれるのを諦めたアンジェは、一段高い王族の席に座る王太子殿下を見つけると、大声で叫んだ。
「あっレオンハルト様!助けて下さい!この無礼者たちをやっつけて!」
殿下は戸惑いを隠せない様子だったが、アンジェに応えることはしなかった。
国王陛下はそんな王太子殿下にひとつ頷くと、ローゼ妃に生き写しのアンジェをみて騒めく貴族達に向き直った。
「この少女は皆の考えている通り、前王陛下の側室であったローゼ妃の娘である」
「そうよっ!私は前王の残したたったひとりの王女なのよ!本来なら私が女王になるべきなのよ!離しなさい、無礼者!」
「そうだ!国王よ!本来ならば王位はあなたのものではないのだ!王位の簒奪者めが!正統な血筋に戻そうとした私は正義の執行者である!」
今まで一言も発さなかったグランシール侯爵が、アンジェの勢いに追従するように叫んだ。
貴族達の騒めきはますます大きくなり、会場は混乱に満ちている。
「静まれ!」
立ち上がった国王陛下の一喝に、会場は水を打ったように静かになった。
「残念だが。アンジェ嬢は前王の王女ではない」
「嘘よっ!私はお母様であるローゼ妃に生き写しのはず!私のこの姿こそがその証拠よ!」
国王陛下にむかってアンジェは金切り声をあげた。
陛下は痛ましいものを見るようにアンジェをみつめていた。
「そうであったら良かったと、余も思うがな。前王陛下は、子供を作れない体であった。今まで伏せていたが、これは余と妃だけの知る事実だ」
陛下に頷き返した王妃殿下はアンジェを痛ましく見つめて、苦しげに顔を伏せた。
アンジェは身体全体をガクガクと震わせている。顔色を真っ青にして今にも倒れそうになるのを衛兵が支えた。
「う、そよ……」
「そなたがローゼ妃の娘であることは間違いなかろうよ。しかし、前王陛下のお子ではない。前王陛下は最愛の妃であったローゼ妃の裏切りに心を痛め、毒と知りつつ自らそれをあおられたのだから」
国王陛下は重厚感のある小箱から、一枚の手紙らしきものを取り出した。
「これは、前王陛下の遺言状である。ここに、『ローゼ妃が身籠っている御子は王家の血筋ではない。よってこの子の王位継承権は認めない』と記されている」
国王陛下が掲げる紙片に書いてある内容は遠くてわからないが、その紙に前王のものらしき赤い玉璽があることが見て取れた。
アンジェの顔色はもはや青を通り越して真っ白なくらいだった。
自分の信じていたものがガラガラと崩れていくような感覚なのかもしれない。
信じていた自分のルーツが紛い物だったという衝撃は相当なものだろう。
経験のない私には全て理解することなんて出来ないけれど。
「そなたには可哀想な事実だったやもしれぬ。しかし。だからといってそなたの犯した罪が消えるわけではない。クーデターに加担した罪は償ってもらうことになる」
ぺたりと座り込んだアンジェは、涙を流して呆然としていた。
「限界のようだな。別室に連れて行け」
陛下の指示でアンジェは退場していった。
私は、アンジェのワガママによって誘拐され、殺されそうになったにもかかわらず……その姿が痛ましくて仕方がなかった。
「話が長くなったな。罪状は以上だ。これよりクーデターの主謀者および協力者への裁定を行う」
国王陛下は、グランシール侯爵に貴族位の剥奪及び牢獄に生涯幽閉することを申し渡した。
クーデターを起こそうとしたにしては軽すぎるようにもみえるが、これはグランシール侯爵が王家の遠縁であることを鑑みての措置らしかった。
そしてドランジュ公爵には死罪が言い渡され、加えて公爵家は爵位を剥奪された。
王族の暗殺など、本来ならば一族郎党が死刑になってもおかしくない。
しかし、レミアスが父親を告発し捜査に協力したことが大きかった。
この報償としてレミアスには新たに子爵位が与えられる事になった。
アンジェは学園を退学になり、王国から国外に追放されることになった。
生きて二度と国内の土は踏めず、万一国内に密入国した場合、見つかり次第捕縛され、終身刑になるそうだ。
なるべく死罪は避けたかったのですが、ドランジュ公爵だけはどうにもなりませんでした(;_;)




