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国王陛下の裁定が行われる謁見の間には、大勢の貴族が集まっていた。
昨夜、国王陛下からの勅命により必ず出席するようにと召集をかけられた貴族は伯爵家以上だったのだが、それ以下の階位の貴族達も訪れているためだ。
コゼットが謁見の間に入ると、集まった貴族達の話し声が耳に入ってくる。
「陛下からの急のお呼び出しなんて、何事かしら」
「詳しい内容は明かされていないようですね。これからご説明があるのでしょうな」
「そういえばドランジュ公爵がまだ来ていらっしゃらないな。あの方もご多忙でいらっしゃる」
「まったくですわ。……ご多忙の理由はなんなのでしょうかねぇ。ほほ……」
不安げにする貴族もいれば、自分は関係ないと物見遊山気分の者もいるようだ。
本来このような場に来るには場違いな年齢のコゼットに、明らさまな奇異の目をむけてくる者もいた。
お父様が周囲の視線から守るようにコゼットを自分の陰に隠してくれなければ、あまりの居心地の悪さに回れ右していたかもしれない。
コゼットは証人席にでも連れて行かれるのかと思ったが、意外にも両親の近くにいていいとのことだった。
「ねえ、お父様。私は証人として証言をしたりはしないのかしら」
隣にいるお父様の上着の裾をちょいちょいと引っ張って耳打ちした。
お父様は少しかがんで口に手を添えると私にだけ聞こえるように応えてくれた。
「私からお願いしたのだよ。コゼットは結婚前の令嬢だ。君の名誉を守るために、誘拐された事実は出来る限り伏せてもらえるようにと」
なるほど。
言われてみればそういう可能性もあったのか。
私はお父様に言われて初めてその事に気付いてゾッとした。
そしてお父様の配慮に深く感謝するとともに、お父様の服をグイグイ引っ張って自分の身の潔白を主張した。
「お、お父様!私、清らかなままですわ!神に誓って!」
「わ、わかっているよ。でも安心したよ。本当に無事で良かった」
お父様は私の勢いに少し引き気味だ。
どうやら昨夜診察してくれた侍医のじいさんは、そこらへんも抜かりなくチェックしていたらしい。
先に言ってよ!
あー恥ずかしい。
「静粛に!国王陛下のご入場である!」
謁見の間に、騎士団団長であるレイニード伯爵のよく通る声が響いた。
私にとってはゲオルグのお父様という印象が強い。
しっかし……相変わらず男前だわー。
私は時と場所を忘れてポーッと見惚れた。
レイニード伯爵は、騎士団団長だけある鍛え上げられた長身に凛々しく男らしいマスクをもつ美丈夫である。
脳筋のゲオルグと違って深い知性の光がある眼差しは鋭く、鷹のように会場を睥睨している。
何を隠そう私の今世での初恋はレイニード伯爵である。
あれは私が十二歳くらいのことだっただろうか。
ゲオルグの屋敷に遊びに行った時にたまたま御在宅だったレイニード伯爵を一目見た瞬間に、私の(今世では)幼いハートは撃ち抜かれたのだ。
思いあまった私はその場で伯爵にプロポーズしたのだが、当然ながら断られた。
「静粛に!」
レイニード伯爵の美声が再びとどろいた。
最初に伯爵の声を聞いた貴族達の騒めきは静まるどころか大きくなったのだ。
しかしさすがに再びの注意に会場は静まり返った。
「やっと静かになったわ。全く、伯爵のお声がよく聞こえないじゃない」
私がブスくれていると、お父様が苦笑した。
「仕方ないさ。いつもこういった貴族の集まる場所で進行を司るのはドランジュ公爵だからね」
なるほど。
そういえば公爵は宰相だった。
貴族達が騒ぐのは仕方ないことだからか、伯爵は苛立った様子は見せなかった。
ただ静かに跪いて国王陛下の入場を待っている。
跪いたお姿もなんて凛々しいの……と見惚れているとお母様に肘で小突かれ、私も慌てて跪く。
「国王陛下の、おなり!」
その声とともに、謁見の間の奥の扉から国王陛下がいらっしゃった。
陛下の後に続いて王妃殿下と王太子殿下も入場し、それぞれ陛下のおわす玉座の左右に着席した。
国王陛下は王太子殿下とよく似ているが、漂う威厳と威圧感は段違いである。
陛下がぐるりと会場を見回すだけで、貴族達の間にピリピリとした緊張が走る。
ふと、陛下の目が私にとまったように感じた。
私はひっと息を呑んで慌ててあげていた頭を伏せた。
「頭をあげよ。本日皆に集まってもらったのは、我が国でクーデターを起こそうとした者を王太子が捕縛したためだ。レイニード、主謀者をここへ」
「はっ!」
国王陛下がお腹に響く低い声で伯爵に命じると、レイニード伯爵の指示を受けた衛兵が手枷を嵌められたグランシール侯爵とドランジュ公爵を連れてきた。
クーデターという不穏な言葉に再び騒めき出した貴族達は、連行されてきた二人を確認して息を呑んだ。
グランシール侯爵の自慢のエメラルドグリーンの髪は乱れ、悔しげに陛下を睨みつけている。
一方、ドランジュ公爵は疲れたように頭を俯けて、太った体を縮めていた。
常と違い哀れな二人の姿に、会場の貴族達が騒めき出す。
しかし国王陛下がジロリと睨めつけただけで会場は水を打ったように静まり返った。
静寂に包まれた謁見の間にレイニード伯爵の声が響く。
「この二人はクーデターを画策し、王位簒奪をはかった。主謀者であるグランシール侯爵はクーデターの計画による国家反逆罪、ドランジュ公爵への脅迫および国民の血税の不正蓄財が発覚した。並びにドランジュ公爵は前王の毒殺容疑および不正蓄財、自領の軍備と偽った反乱軍の組織をしたことがわかった」
クーデターはもちろんのこと、前王毒殺という衝撃的な言葉に貴族達は顔色を青くする。
繊細なご婦人にはあまりのことに倒れる者までいた。
私はそんな貴族達を尻目に、国王陛下が前王毒殺の件を持ち出したことに衝撃を受けていた。
以前聞いた殿下の推理では、前王毒殺には国王陛下が関与しているのではないかということだった。
その件を持ち出すと、国王陛下の玉座を揺るがす事態になるのではないか。
チラリと王太子殿下を窺うと、殿下も目を見開いて陛下を見つめていた。
その時、勇気ある貴族の一人が声をあげた。
「マルフォイ侯爵……」
お父様の呟きで彼の名前がわかった。
マルフォイ侯爵といえば、信号機令嬢の赤のジュリア様のお父様か。
こんな緊迫した場で発言できるなんて尊敬してしまう。
「国王陛下、前王陛下毒殺とは……前王陛下は病死だったはず。それを覆す確たる証拠がおありなのでしょうか」
恐る恐るといった侯爵の発言に、国王陛下はギロリと視線をむけた。
「マルフォイ。発言を許した覚えはないが、まあ許そう。皆も気になるところであろうからな。証拠はある」
陛下の指示によって、いくつかの手紙らしきものをレイニード伯爵が取り出した。
「これはグランシール侯爵の屋敷から見つかった、ドランジュ公爵が前王毒殺を指示した証拠の文書である」
伯爵の話によれば、前王毒殺を指示された王宮侍女はドランジュ公爵にお金を貰った後、王宮を辞して故郷に帰ったそうだ。
しかし当然、証拠隠滅のために公爵の手の者によって殺される可能性を考えた。
だが彼女は、故郷の病気の母親を救う薬を買うために公爵の指示に従うしかなかった。
暗殺の指示書は確認した後、燃やして処分するように厳命されていたが、彼女はその文書を燃やしたふりをして隠し持っていたのだ。
彼女は先に送金したあと、故郷に帰る前に公爵からの指示書をある場所に保管した。
自分は殺されるだろう。だがあわよくば公爵を道づれにしてやる、と考えて。
しかし生半可な場所では公爵に見つかってしまう。
そう考えた彼女は、その文書を王族の緊急脱出用の迷路に隠した。
国王の側付き侍女であった彼女はその迷路があることをもちろん知っていたが、ドランジュ公爵は知らないはずだ。
そのため、公爵が文書の存在に気付いたとしても彼には見つけられないと考えたのだ。
彼女は故郷へ帰る途上、公爵の雇った暴漢によって命を落とした。
文書は誰も通らない迷宮の中で忘れ去られていた。
しかし、十年の時を経て文書は発見された。
アンジェという一人の少女によって。




