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料理長とクロワッサン

「コゼットお嬢様が行方不明だって!」


「なんですって?!いつからなの?!」


「それは……僕も立聞きしただけだからわかんないんだよ」


「大変だわ!ああ、お嬢様……!」


 舞踏会の最中にお嬢様が行方不明になった。

 その情報がもたらされたエーデルワイス伯爵家は大騒ぎになった。


 王太子殿下からの使者に応対した執事のセバスチャンはもちろん箝口令をしき、上級使用人にのみ伝達していた。


 しかし舞踏会がすでに終わっただろう時間になってもお嬢様が戻ってこない。


 しかも上級使用人たちが焦った顔や不安げな顔で右往左往している。


 下働きの者たちがお嬢様に何かがあったのではないかと察するのは当たり前のことだった。

 何故なら下働きの者たちだって、お嬢様のことが大好きなのだから。


 心配した下働きたちは、ある者は拭き掃除をする振りをして扉に張り付き、ある者は野菜の皮むきをしつつ窓から聞こえる声に耳を澄ませていた。


 じゃがいもの皮むきをしていたピートは、旦那様の部屋付き使用人2人が不安げに話しているのをきいていた。


「お嬢様……まだ行方はわからないのかしら」


「王太子殿下がお調べくださっているというけれど。旦那様の足踏みで床が抜けてしまいそう」


「床なんてどうでもいいじゃない!」


 お嬢様行方不明の情報を手に入れたピートは真っ青になった。

 そして持っていたじゃがいもを放り出して、心配しているみんなに伝えにいったのだった。



「ゴルァアッ!ピートォォオ!じゃがいも放り出して何してやがる!」


 ピートがお嬢様の身を案じる下働き達と話していると、料理長の怒声が響きたわたった。


 料理長は二メートルをゆうにこえる長身をそびやかせ、筋肉が浮かび上がる太い腕を組んでピートを見下ろしている。

 小柄なピートの背丈は料理長の胸くらいまでしかないので見下ろされるのはいつものことだが、怒っている料理長の威圧感は半端じゃない。


 その姿はまさに大魔神。

 額には血管が浮かび、目はカッと開いて血走り、背後からは黒いオーラが見えそうなほどだ。


 あまりの恐怖にピートは腰を抜かしそうになった。


「ひっ!悪魔……じゃない、料理長!すみません!」


「料理長、それどころじゃないわよ!コゼットお嬢様が行方不明なんですってよ」


「なん……だと……それは本当か」


「ひっ!ほ、本当よ!ねえ、ピート」


「ええっはい。上級使用人達が話していたので、確かだと思います!」


「コゼット、お嬢、様……」


 料理長の放つ威圧感がさらに増し、周囲の空気が重たく感じられる。


 ピートと下働きの女は抱き合ってガクガクと震えた。


 その瞬間、料理長が太い腕を振りかぶり、勢いよく振り下ろす!

 ピートは殴られる!と感じ、ギュッと目を閉じた。



 ガシッ!



「うわあああ!いたっつ……………………くない?」



 料理長は目をつむっているピートの首根っこをガッシリ掴むと、無言で歩き出した。


 ズルズルズルズルズルズル


 引き摺って連れてこられたのは調理場だった。

 そのままおもむろにドサッと床に投げ捨てられる。


 料理長は調理台から棍棒のようなものを取り出し、ピートにザッと機敏に向き直った。


 ピートは、今度こそ殴られるのか?!と身をすくめた。


「ピートオオオオ!」


「ひゃっひゃいっ!」


 もはやピートは涙目だ。

 雨に濡れた仔犬のようにプルプル震えるピートに、料理長は言った。


「パンを作るぞ」


「ひゃいっ!すみません!ごめんなさい!」


「小麦粉とバターをもってこおい!!」


「ひゃいっ!許して下さい!もうじゃがいもを投げません!玉ねぎを芯まで剥いたりしません!つまみ食いも控えます!……え、小麦粉?」


「クロワッサンを作るぞおおおおおお!早くしろお!」


「ひやいいいいい」


 ピートは転がるように走って食料庫に小麦粉を取りに行った。



 その背中を見送りつつ、料理長は愛用の麺棒を握りしめる。


「お嬢様が戻られるまで私はクロワッサンを作り続ける」


 料理長の願掛けだった。


 お嬢様が帰ってきた伯爵家では、大量のクロワッサンを消費するため屋敷中でクロワッサンパーティが開かれたのだった。






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