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 王宮のお風呂は素晴らしかった。

 私が入らせてもらったのは賓客用の客室付きの浴室だったのだが、大理石の壁に金の装飾が随所に施され、芸術品といっても過言ではない美しい猫足のバスタブが設置されている。


 侍女達がお湯をはったバスタブにのんびりつかり、全身をくまなく洗ってピカピカしてくれた。


 しかし傷が染みるのなんのってもう。

 知らないうちに腕やら腿やら色んなところに擦り傷やアザが出来ていて、侍女達はおいたわしい……と涙目になっていた。


 お風呂上りには宮廷侍医が診察までしてくれた。

 本来は王族の方々しか診ないらしいので破格の待遇である。

 足の傷を消毒されたのだが、これがまた飛び上がるほど痛かった。

 思わず侍医のおじいさんの手をはたき落としてしまったよ。



 壁下りに始まって木登りまでしたドレスは裾はビリビリ、袖はぐちゃぐちゃの酷い有り様だったため、侍女達が新しいドレスを用意してくれていた。


 胸の下の切り替えでリボンを結び、裾はゆったりと流れるような楽なドレスだった。


 肩にはふわりとしたボレロを羽織らせてもらった。

 アザだらけなのでコルセットも勘弁してもらえて、本当に助かった。


 支度を終えて、支えられながら客室の応接間に戻ると両親が既に待っていた。


「お父様!お母様!」


「コゼット……!!」


「ああ、本当に無事で良かった!心配で気が狂いそうだったわ!」


 二人は私に駆け寄ると、ギュッと抱きしめてくれた。


「いっいだだだだだ、お父様、いだい」


「あっああ、すまない!こんなに傷付いて……うっぐうううああ」


「可哀想なコゼット。さぞ怖かったでしょう」


 お母様が優しく私の頭を撫でてくれる。

 ちなみにお父様はしゃがみこんで号泣している。

 ブツブツと「絶対に許さない……コロス……八つ裂きにしてやる……」とかなんとか聞こえてくるが、気のせいだろう。


 両親に事の顛末を説明していると、部屋の扉をノックされた。


 対応に出た侍女が急ぎ足で戻ってきて、王太子殿下の来訪を告げた。


「王太子殿下がいらっしゃっておられます。お通ししても宜しいですか?」


「勿論。お通しして差し上げてくれ」



「コゼット!大事ないか?痛みはどうだ?」


 部屋にはいるなり殿下は私の手をとって心配気に見つめてきた。

 あまりに至近距離なので思わず半歩下がってしまった。


「だ、大丈夫ですわ。ちょっとだけ染みましたが、全部かすり傷です!」


 安心させるように私は殊更にっこりと微笑んだ。


 しかし突然、繋いだ手を鋭いチョップがスパーンと切り離した。


 そのまま自然な動作で私の体を自分の後ろに隠すと、お父様は背後から暗雲を立ちのぼらせながら王子にニーーッコリと微笑んだ。


 怖っ!笑ってるはずなのに怖っ!


「王太子殿下。ご無沙汰致しております。この度は娘を保護して頂いたそうで、本当にありがたく存じます」


 全然ありがたく思っていなそうな態度だ。

 全身から怒りのオーラが立ち昇っている。

 殿下の顔色が見る見る真っ青になっていく。


「は、伯爵。この度はご令嬢にケガを負わせてしまい……」


「いえいえいえいえ!そんな、殿下が自分に想いを寄せている令嬢のあしらいもうまくできないからこうなったなんて微塵も思っていませんとも!あげくコゼットにフラれたからって拗ねて避けていたから発覚が遅れたなんてまったく!」


「ま、まだフラれていない!」


「気になさる所はそこなんですのねぇ」


 お父様が言っていることは確実に言いがかりだと思う。

 仮にも王太子殿下にむかってそんな暴言を吐いて大丈夫なのかハラハラする。

 しかしお母様はのほほんとツッコミをいれているし、当の殿下も気にしていないようだ。


「お、お父様。攫われたのは私の不注意で……殿下はなにも悪くありませんわ。第一、エスコートしてくれていたのはゲオルグですし」


「そっちはもうシメた」


 お父様が真っ黒な笑顔で振り返った。


 怖っ!

 ていうかシメたの?!なにしたの?!


 王太子殿下が、だから伯爵家から戻った時に顔に青アザが……と呟いているのが、聞かなかった事にした。


 あ。そういえばゲオルグの姿を見ていないな。

 バタバタしていたためすっかり忘れていた。

 まあ、ゲオルグがどうにかされる事はまず無いだろうが。


「あの、そういえばゲオルグは?無事なのですか?」


「あ、ああ。ゲオルグはグランシール侯爵の捕縛の隊に加わってもらっている」


 どうやらゲオルグは私を助けるため、侯爵捕縛の兵に先駆けてグランシール侯爵邸に来てくれていたらしい。


 屋敷から逃げる際に玄関の方で起こっていた騒ぎは、ゲオルグが暴れていたからみたいだ。


 ゲオルグが侯爵家で押し問答しているうちに、捕縛のための正規の兵士が追い付いたのでそこに合流しており、まだ戻ってはいないという。


「あの、それでだな……」


 殿下は話の先をしようとするが、お父様が超至近距離で殿下の目を見つめているので気になっているのか全く話が進まない。


 私は、はあ、とため息をついてからお母様を振り返った。


「お母様、お願い致します」


「仕方ないわねー」


 ドスッッツ!!


「うぐぶっ」


 お母様がお父様のみぞおちにむかって容赦無いパンチを繰り出した。


 トレーニングチューブで日夜鍛え上げているお母様のパンチは年々鋭さを増している。

 内角をえぐりこむような素晴らしいパンチだった。

 さすがお母様。



 お父様は少しお口から泡のようなものを吹いているが、邪魔なのでソファに座らせた。

 これで話が進む。


「それで殿下。お訪ねくださったご用件をお聞かせください」


 にっこり笑って促すが、殿下は青い顔のままだった。

 こころなしか少しぷるぷるしている。

 寒いのかな?

 私はお風呂上りで暑いくらいだけど。



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