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鏡を見ながら決意を固めていると、寝室の方から声が聞こえてきた。
「お嬢様ー!どちらにいらっしゃるのです?!」
「私はここよ!シシィ!」
慌てたような足音が寝室のほうから聞こえてくると、衣装部屋の扉がバタンと開かれた。
「お嬢様!もう起きられて大丈夫なのですか?ご気分は悪くはありませんか?」
私付きの侍女であるシシィは、大きくつぶらな瞳を潤ませて心配気に私の顔を覗き込んできた。
私は彼女の心配を払おうと、ことさら元気そうにニッコリと微笑んだ。
「大丈夫よ。気分はとてもいいわ。それよりお茶会はどうなったのかしら……主催者にも関わらず、途中で倒れるなど失礼をしてしまったわ」
そう、お茶会である。途中で倒れてしまったからどうなったのかわからないが、王太子殿下までご招待した大規模なお茶会なのだ。主催者が倒れたからと、失礼なことをするわけにはいかない。
にわかに不安になった私は、シシィに事の詳細を問うことにした。
元気そうな私の様子にホッと安堵の息をついたシシィは、私を安心させるようにニッコリと微笑んだ。
「大丈夫ですわ、お嬢様。お茶会は奥様がかわりにとり仕切られて、つつがなく終わったところです。先ほど、お嬢様を心配されてこちらにいらっしゃいましたが、今は招待客の皆様のお見送りをされているところですわ」
さすがはお母様。私の母とは思えないほど美しくしっかりした母は、父と結婚して伯爵家の女主人となった今も、理想の淑女として社交界に君臨している。
プレイボーイとして名高かった父と結婚したときは、母を狙っていた貴公子たちが悲嘆にくれたという……
そんな母が取り仕切ってくれたのなら間違いない。
しかし、気にかかることが、ひとつ。
「あの、アンジェという少女はどうなったのかしら。招待客ではなかったようなのだけれど……」
庭園でのアンジェとの邂逅。あれは、ゲームのプロローグイベントだ。
貴族の庭園だと知らずに迷い込んだアンジェは、夢中で花を摘んでいるところをレミーエ様たちに発見される。不審な闖入者をレミーエ様が糾弾していると、そこに王太子殿下があらわれ、突き飛ばされたアンジェを助け出すのだ。
プロローグだけに、何周もゲームをやりこむ娘によって何度も見せられた場面だ。
たしか、スキップ出来なかったんだよな……望むと望まざるとに関わらず、場面を暗記するほど繰り返された。
しかしいま考えてみると、貴族の庭園に無断で立ち入ったアンジェの方がどう見ても悪い。まして、王族を招いた茶会の最中だ。
レミーエ様の対応に間違いなど何処にもない。
たとえ突き飛ばしていたとしても…………ていうか突き飛ばしてもいない。
勝手に彼女が転んだのだ。
そもそもレミーエ様は、貴族至上主義で傲慢なところはあるが、反面常に淑女の鑑であろうとする、プライドの高い方だ。まだ幼く自制心が効かない子供であるとはいえ、レミーエ様がそんなことをするとは思えない。
まぁ、庶民を見下しているだけに、ないとは言えないが……まずありえないことだろう。
それにも関わらず、王太子殿下はアンジェの事を、レミーエ様にいじめられた被害者のように扱っていた。
たしか、ゲーム内でもそんな流れだったはずだ。
これがゲーム補正なのか……たんに殿下の見る目がないのかはわからないが、このイベントをきっかけにして、アンジェは王太子の伝手で某男爵家に預けられ、そこで学園入学のための教育を受けることになるのだ。
つまり、ゲームは始まっている。
六年後、十六歳になった時、アンジェは学園に入学してくる。
「あの少女は、王太子殿下のお付きの方が連れて行かれましたわ。なんでも病気のお母様がおられるとかで……不憫に思われたのでしょうね。どちらかに預けられるそうですわ」
やはり……予想通りの展開に、私はガックリと肩を落とした。
私の一騎打ちイベントは、学園入学直後に起こる。
それまでに基礎点を積み上げ、一騎打ちに勝利出来なければ、学園卒業後は女子修道院に入学だ。
ゲームではチュートリアルでも、私には1度しかない人生だ。
誰かの踏み台になるいわれはない。
学園入学まであと六年。
とりあえず私のすることは決まっている。
決意を秘めて、私はシシィに向き直った。
「シシィ。スリッパを持ってきてちょうだい」