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ある令嬢の気持ち

 コゼット・エーデルワイス嬢は、学園入学前からとても有名だった。

 あのシグノーラのデザイナーであり、鍛え上げられた完璧なスタイルをもつ彼女は、たまにしか参加しないお茶会でもとても目立っていた。


 今の彼女からは想像も付かないが、幼い頃はかなり太っていて引っこみ思案だった。

 私の印象は、いつもレミーエ様に引きずり回されていた可哀想な子というイメージだった。


 その過去の姿を知っている私を含む令嬢たちには、彼女の努力に感銘を受け、彼女を尊敬している者が多くいる。

 そしてそのダイエット方法を詳しく聞きたいと、彼女に近付こうとする者が後を絶たない。


 しかし彼女の周囲には王太子殿下をはじめとして、公爵家令息のレミアス様、騎士団団長子息のゲオルグ様が常にいるため、彼女に恋心を抱く男子はおろか仲良くなりたいだけの女子すら近づけないのだ。


 殿下は当たり前としても、公爵家令息や騎士団団長子息を押し退けて話しかけられる者がどこにいるだろうか。


 学園に入学して同じクラスになり、勇気を出して話し掛ける猛者も何人かいたものの、彼女の周囲の超ハイスペックメンバーの無言の圧力に負けてスゴスゴと帰ってくる羽目になっていた。


 彼女から話し掛けてくれた時にも、何故か必ず邪魔が入るのである。


 かくいう私にも彼女が話し掛けてくれたことが二回ほどある。

 これは私の密かな自慢だ。


 あれは、エカテリーナ嬢とアンジェ嬢の一騎打ち対決の時だった。

 すこし薄暗い会場で、彼女の近くに着席出来たことは全くの偶然だった。

 間近で見る彼女は余計に美しかった。

 よく手入れされた艶やかな髪の隙間から見える首筋は細く、華奢な顎の線から続く横顔は秀麗の一言だった。

 いつも周りを固めている男性陣は審査員席にいるため、一人で着席していた彼女は不安気に唇を震わせていた。


 何か話しかけようと必死に考えていた私が意を決して口を開こうとしたとき、彼女の方から話し掛けてきてくれたのだ。


「この勝負、どちらが勝つのかしら。負けたら修道院に行かなければならないのに……どちらを応援したらいいのかしら」


 ほとんど初めて聞く彼女の声は小鳥のように震えていた。

 彼女と話せることに興奮しながらも、私は安心させるように丁寧に言葉を返す。


「勝負の詳しい内容が隠されていますからね。でもきっとエカテリーナ様が勝ちますわ。それに修道院にいくなんて迷信ですわ」


 以前の一騎打ちが行われたのは先先王の学園在学時で、いまより随分前の話だ。

 私たちはまだ産まれてもいない。

 その勝負の時にも令嬢が修道院にいったなどの話は聞かない。


 一般庶民に貴族令嬢がマナーや教養の面で敗北したなら、貴族男性たちから総スカンを食うことはありえなくはないが……あのアンジェという少女は、自分は今は男爵家にいるが本当はもっと高貴な血筋の貴族だ!と吹聴してまわっている。

 信じている生徒は少ないが……むしろアンジェ嬢のほうがすでに総スカンをくらっていると思う。


 入学して間もないのに、何かにつけて高貴な血筋だと偉そうに振る舞う傍若無人なアンジェ嬢の評判は地に落ちているといえる。

 私でも知っているそんな噂をコゼット様が知らないことに驚いたが、彼女の周りのナイト達によるガードで、悪い噂が耳にはいっていない事は容易に想像できた。


 しかもエカテリーナ様は、王太子殿下のファンクラブを結成し、会長を自認している。

 彼女に他の男性と結婚する気があるのかどうかすら謎である。


 しかし未だ不安気な彼女を安心させるため、さらに言葉を継ごうとしたとき、会場に大声が響き渡った。


「本日お集まりの皆様!今回の一騎打ち勝負の司会を務めさせて頂きます、サンディでございます!それでは本日の解説をして頂く方をご紹介します!コゼーーーーット・エーデルワイス嬢!!こちらの解説席へどうぞ!」


「え」


 突然名前をよばれたコゼット様が固まった。

 どうやら解説役をすることは寝耳に水のようだ。

 彼女は目を白黒させたまま、解説席に連行されていき、私はその姿を見送ったのだった。


 ほんの一言程度とはいえコゼット嬢と会話した私は他の生徒達の羨望の的となり、会話の内容を何度も聞かれたり、コツを教えてくれ!と迫られたりした。


 二回目にお話できたのも、一騎打ち勝負の時だった。

 コゼット様の屋敷でのタケノコ勝負だったのだが、タケノコを掘ったことがない私は途方にくれて、対戦者の一人であるマリエッタ様の周りで友人達となんとなくウロウロしていた。

 そこに来たコゼット様が、マリエッタ様を中心にタケノコの掘り方を教えてくれたのだ。

 その時……!


「あら、お顔に泥がついていますわ。ふふ」


 なんと、私の顔を拭いてくれたのだ!彼女自ら!

 感動に打ち震えている私にハンカチを握らせて、彼女は新たなタケノコを求めて去っていった……。

 私の頬についた泥を優しく拭ってくれたハンカチを私はいつも持ち歩いている。洗ってお返ししようと思っているのに、その後話し掛けられなかったためだ。



 そんな私には野望がある。

 明日の舞踏会で、コゼット様に話し掛けてハンカチを返すのだ。そして、彼女とお友達になる!

 最近、王太子殿下とレミアス様のガードが何故か外れているし、絶好のチャンスだ。


 私は何度目になるかわからないアイロンをハンカチにかけて大事に包み直すと、ドレスの隠しポケットにしまったのだった。






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