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王太子殿下は、あの日から学園にくる日が減った。
たまにいらした日はいつも忙しそうで、話せる時はほとんど無かった。
まるで幼い頃のお茶会より前の、知り合いですら無かった時に戻ったみたいだった。
あの時も遠くからお姿を拝見したっけ。
殿下が綺麗すぎて別の世界の人みたいだったから、あんまり興味も無かったあの頃。
でも今は同じ世界で息をしている人間だと知っているから、昔とは違う気持ちで殿下を見つめている。
それとは関係なく、レミアスも学園に来ていない。
不正の証拠を集めると言っていたから何かあったのかと心配になったけれど、レミーエ様に聞いてもお兄様は悪い風邪を引いて長引いているというばかりだった。
「はあ……」
なんだかつまらないな。
机に突っ伏してため息をついていると、頭をポンポンと撫でられた。
「疲れてるのか?今日はダンスの授業だったしな。そういえば…………コ、コゼットは相手は決まったのか?」
「相手?なんの?」
顔を上げると少し顔を赤くしたゲオルグが、目を見開いていた。
「新入生歓迎舞踏会だよ!今年は例年より開催が遅れたけど、今月末に行われるって掲示されているじゃないか」
「舞踏会……すっかり忘れてたわ」
「おいおいおい……はぁ、それじゃあ当然パートナーも決まってないんだな?」
「当たり前じゃない。今まで知らなかったのよ?誰からも誘われていないってことよ」
だから最近、教室がキャッキャしてたのか。
誰からも誘われてないし気付かなかったよ。
頑張ってダイエットしたのに……とガックリくる。
「…………しょうがないな、俺がパートナーになってやるから、安心しろ」
「あら、本当?良かったー!寂しいもの同士、仲良くいきましょ!」
良かった!これでボッチにならずにすむ。
「寂しいもの同士……はあ……」
なんだかゲオルグが肩を落としていた。
屋敷に帰ってシシィに舞踏会の事を告げると、随分怒られた。
「なんでもっと早く言ってくださらなかったんですか!お嬢様はサイズもどんどん変わるしお茶会もほとんどでないしでろくなドレスもないっていうのに!しかも夜会用のドレスなんてあわわわわわわ」
「どうどうどう」
「とにかくすぐに仕立屋を呼びます!あーっあれとこれとあわわわわわわ」
「どうどうどう」
シシィがすっ飛んでいったのでお茶を飲んで待っていると仕立屋がやってきた。
「お嬢様、ザムスでございますザマス。それでは今日は採寸をさせて頂くザマス。超特急ということで、ガンガンいきますザマス。お嬢様は採寸の間に生地を選んで頂くザマス」
私がこれがザマスばばあかーと思っているうちに、ザマス夫人の部下Aの手で採寸がグイグイ行われ、ザマス夫人の部下Bが私の顔の前で捧げ持つ生地から布地を選び、ザマス夫人がデザイン画を描いていく。
体のあちこちを採寸されてグッタリと椅子に沈み込むと、ザマス夫人が数点のデザイン画を見せてくれた。
「お嬢様は細くていらっしゃるので、こちらの背中がガッとあいてここらへんがブワッとなるドレスがお勧めザマス。生地はお選び頂いたこれとこれとこれがお勧めザムス」
「ちょっとまって、いまザムスって言った?」
「それではまた仮縫いの時にくるザマス」
「いや、なんか私の意見取り入れる気ないよね?」
「失礼致しますザマス」
ザマス夫人……ザムス夫人は嵐のように去って行った。
ドレスの説明は大雑把すぎて全くわからなかった。
人柄はかなりアレだが、依頼人に似合うドレスを作ることで評判の人物なのでお任せしたほうがいいのだろう。
多分。
しかしあそこまで話を聞かないで商売をやっていけているのだろうか。
「……一体どんなドレスが出来上がるのでしょうね。全く想像がつかないわ」
「ザムス夫人は王都でも一、二をあらそう人気の仕立屋ですから、大丈夫ですよ。ダメ元で依頼してみたんですが、受けてもらえて良かったです」
「……そうよね。よく受けてもらえたわよね」
ザムス夫人は人気があるうえに気難しくて、注文したくても新規の客はなかなか依頼を受けてもらえないのだ。
その上ドレスの出来上がるスピードも一週間から三ヶ月とムラがあり、ザムス夫人にインスピレーションが降りてくるかどうかで出来上がりまでにかかる時間が変わるという。
三ヶ月もかかっては流行を逃してしまうかと思いきや、出来上がるドレスはその令嬢の魅力を最大限に引き出したもののうえ斬新であり、逆に新たな流行を作り出してしまう事も少なくない。
そのため依頼は殺到しているのだが、ザムス夫人が直接作るオートクチュールは滅多に注文出来ないのが現状である。
「あれ、ザマス夫人本人よね?初めてみたわ」
「ザムス夫人ですお嬢様。私も初めてお会いしました。まさか本人が来るとは思わなかったです」
ザムス夫人が直接作るオートクチュール以外は弟子のデザイナーが作るため、夫人が客のところに来ることは滅多にない。
シシィは弟子のデザイナーが来ると思って依頼したのだ。
「でもザムス夫人が受けてくれたとすると、ドレスがいつ出来上がってくるのか予想もつかないですね。他のところにもいくつか注文を出しておきましょうね」
「いつになるのか予測不能ザマスもんね……」
面倒くさいが仕方ないザマス。
その予想は早々に覆された。
翌朝、仮縫いのドレスをひっさげたザムス夫人が私の部屋を急襲したのだ。
突然ドアがバーーーン!と開かれたときにはリアルに少し飛び上がった。
その後ろからシシィが走ってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ、ザ、ザムス夫人、の、おこし、です……」
ザムス夫人は屋敷の者の制止も聞かず先ぶれのシシィを抜き去ってここまで来たらしい。
本当に大丈夫かこの人。
礼儀とかそういうの的に他のところでちゃんと出来ているのかものすごく心配になる。
芸術家ってこういうものなのかな。芸術は爆発なのかな。
あまりのことに目を丸くしている私の前に、ザムス夫人がドレスを差し出した。
「ザマス夫人、これは、仮縫いの……?」
「ザムスでございますザマス。そうザマス。今すぐご試着下さいザマス」
「え、あ、はい」
私が呆然としているうちにとっとと部屋着をひっぺがされ、ドレスの試着が始まった。
ザムス夫人は少し離れて弟子たちに指示を出して布を持ち上げさせたり引っ張らせたりと真剣だ。
「あのー、ザマス夫人」
「ザムスでございますザマス。なにか?」
「どうして依頼を受けて頂けたんでしょう?私とは昨日が初対面だと存じますが……」
「依頼されたからでございますザマス」
「いやそうじゃなくてね」
ダメだ話が通じない。
「コゼット様はシグノーラのデザイナーでいらっしゃるザマスでしょう?」
「え?ええ。元は、私が欲しかったものをみんなに実現してもらっただけなんだけれどね」
私みたいな前世での知識を引用してる人間が、本物のデザイナーである夫人にそう言われるのはなんとも居心地が悪い気がする。
「それは私も同じでごザいマスよ。あの、ハイヒールでね。デザインの夢が何倍にも広がったのザマス。次々に浮かんできて睡眠不足ザマス」
「それは……ごめんなさい?」
ザムス夫人は幸せそうに笑った。
この人が笑ったの初めてみたよ。メガネでわからなかったけど、意外とキレイな人だったんだな。
「こんなにイメージが湧いてくるのはデザイナーになりたての頃以来ザマス。だからお嬢様に1度お会いしてみたかったのザマス」
正直に言えば、同じデザイナーとしての嫉妬もあった、とザムス夫人は自嘲するように言った。
なんだかとても申し訳なくて、私は言葉を返すことが出来なかった。
「でも……お嬢様にお会いして、その鍛え上げられた完璧なスタイル。ハイヒールの魅力を余すところなく引き出す足。それを私のデザインで飾りたいと思ったのザマス」
完璧なドレスを仕上げて見せましてよ!と不敵に笑うザムス夫人に、私もやっと笑い返すことが出来た。
「ふふ、よろしくお願いします。ザマス夫人」
「ザムスでございます」
それからのザムス夫人の仕事は早かった。
仮縫いのドレスにその場で様々な変更を加え、最終案を形にしていく。
そうしている間にも次々とアイディアが生まれてきているようで、どんなドレスが完成してくるかは最早予想もつかない。
ザムス夫人が帰っていった後は、グッタリ疲れて汗だくの私とシシィが転がっていた。
後は完成を待つのみ。
ドレスは舞踏会前日に出来上がってくるそうだ。
それまでに何度か来るかもしれないとは言っていたが、ほぼイメージが固まったみたいだ。
どんなドレスが出来上がってくるか楽しみ!




