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 レミアスと話した翌日。

 授業も終わり、生徒たちは帰り支度を始めている。

 私は昨日作ったおやつの袋をロッカーから出した。


 今日のおやつはせんべいだ。

 醤油がないから塩味。

 これはこれで美味しいのだが、最近無性に醤油が恋しくなってきた。


 和菓子好きな殿下も誘って、久しぶりにみんなでお茶をしようと思う。

 最近、色々考えることが多くてお茶会もできなかったので、罪滅ぼしという程でもないがせんべいを沢山焼いてきたのだ。

 うっふっふー喜んでくれるといいなぁ。

 もし忙しかったら小分けにしてあるからプレゼントしよう。


 私はウキウキしながら殿下の席にむかった。


「レオンハルト殿下、お時間よろしいですか?」


 席を立とうとしている殿下に声をかける。


「ああ、コゼット。すまないが、今日は用事があってな。急ぎの用件か?」


「え?い、いいえ……それほどのことではないのですが……」


「そうか。それでは失礼する」


「あ、あの、おせんべいを……」


「すまないが急いでいる」


「あ……」


 殿下はこちらを振り向きもせずに行ってしまった。

 その場に残された私は呆然と立ちすくんだ。


 幼い頃から一緒に遊んでいて、こんなに邪険に断られたことがなかったので、少しビックリしてしまったのだ。

 話しているときに目が合わないことも一度もなかった。


 きっと、急ぎの用事があったのよ。

 第一、王太子殿下ともあろう方がいつもお茶会に来てくれるわけないじゃない。

 責務に追われて忙しいに違いないのに。

 でも、いつも来てくれた。断られたことなんてなかった。


 そこまで考えて、私はハッとした。

 気づいてしまったのだ。

 王太子殿下ともあろう方が、いつも私の小さなお茶会に参加してくれていたということに。


 侍従が途中でお時間です、といって呼びにくることはあっても、最初から断られることなんてなかった。

 だから私は、殿下は必ず来てくれるものだと思い込んでいたのだ。


 なんて、図々しい……


 いくら親しくして頂いていたからって、たかが伯爵家の娘程度が王太子殿下を自分のもののように思い込むなんて。

 私は目がくらむほどの恥ずかしさに襲われた。

 手に持っていたせんべいの袋が急に見窄らしく思える。

 こんなつまらないお菓子なんて。


 周りにまだ居残っていた貴族たちが笑っているような気がする。


 やっと自覚したのかしら

 全く、図々しい方だこと……

 くすくす……くすくす


 居た堪れなくなった私は、逃げ出すように教室を後にした。








 気がついたら中庭にいた。

 みんなでお茶をしたいつもの場所。

 今は誰もいない。


 何故か目から涙が溢れてくる。

 どうして自分が泣いているのかわからなかった。

 殿下にだって用事があって当たり前なのに、断られたくらいで泣くなんて。

 この涙すら図々しい、なんて思い上がっていたんだろうと情けなくなる。


 どれくらいそうしていただろうか。

 ほんの少しの時間だったかもしれない。

 中庭からみえる正面入り口の方からザワザワした声がして、私は俯いていた顔をあげた。



 そこには、ピンク色の髪を揺らし、華やかに微笑むアンジェと……彼女の方を向いて答える殿下がいた。


 こちらからは殿下の表情はうかがえない。

 でも、あの美しい銀髪は紛れもなくレオンハルト殿下その人で。

 その手には、男性には似つかわしくない袋が握られている。


 あれは……

 覚えている。

 アンジェが攻略対象者に渡す手作りお菓子だ。

 娘がしていたゲームの画面が脳裏にうかぶ。



 なんだかどうしようもない気持ちになった私は、持っていたせんべいの袋をぶちまけ……られなかった。

 もったいないから。

 食べ物を粗末にしてはいけません。


 仕方がないので、一人でむしゃむしゃ食べた。

 何故か涙はでるし、頬張りすぎたせんべいに口の中の水分は持ってかれるし、散々だ。


「コゼット……?」


 振り返ると、レミアスとゲオルグがいた。

 私はよほど酷い顔をしていたのだろう。

 二人は心配気に私の顔を覗き込むと、ビックリして目を見開いている。


「俺、タオル濡らしてくるな!」


 ゲオルグはそういって駆け出していった。

 レミアスが綺麗なハンカチを取り出して、口元を拭ってくれる。


「コゼット、あなたが泣くなんて初めて見ました。大丈夫ですか……?ほら、お茶を飲んで」


 レミアスは竹筒の水筒からお茶を出して飲ませてくれた。


「うぐっ……おせんべい、食べすぎたから。息が詰まって涙が出ちゃったんですわ」


 我ながら下手くそすぎる言い訳だと思う。

 でも、自分でもどうしてこんなに涙が出るのかわからないんだもの。


 急いでお茶を飲んだら、勢いが良すぎてむせた。


「うぐっげふっ」


「コゼット!」


 レミアスが背中をさすってくれた。

 すまないねぇ……

 おばあちゃんになった気持ちで目を上げると、殿下と目があった。


 まだいたんだ……用事はどうしたのかな。

 ぼんやりと見つめていたら、殿下はふいと顔を反らして今度こそ学園から出て行った。

 その腕に絡みつくアンジェと一緒に。








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