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 学園の放課後。

 なんとなくレミーエ様やアンジェにどんな顔をしてあったらいいのかわからなくなってしまい、中庭でひとりでボーッとしていた。



 あれからアンジェの動きも注意しているが、とくにアルフレッド先生と接触している様子は見られない。

 レミアスとも話したいのだが、難しい内容なだけになかなか言い出せずにいる。


 そのため私はモヤモヤしながらポリポリぬか漬けを食べている。


「コゼット、今日のおやつは……野菜ですか?」


 振り向くと、レミアスがこちらに歩いてくるところだった。

 かつては野菜嫌いだったレミアスも、今では立派な野菜好きに育った。

 お母さん嬉しいよ!

 私はいそいそとぬか漬けの説明を始めた。


「これは、野菜に味をしみさせたぬか漬けという料理です!少ししょっぱいですが、癖になりますよ!さあさあ召し上がれ」


 ぬか漬けを見つめて妙な顔をしているレミアスにグイグイ進める。


「今日のぬか漬けはタケノコとじゃがいもです!ぬか床がやっと熟成されてきて、旨味が増したんですよ〜さあさあさあさあ」


 ぬか漬けというとキュウリやナスのイメージが強いが、春野菜ではじゃがいものぬか漬けが特におすすめだ。


 料理長に試食してもらったところ、「う、うまい……!」とお墨付きをもらった。

 今では伯爵家のメニューにはぬか漬けが採用されており、一大ぬか漬けブームが到来している。


 サンドイッチの横に、ピクルスの代わりにぬか漬け。

 お食事のお口直しにぬか漬け。

 パンにハムとぬか漬けが挟まっていた時には、ぬか漬けの新しい可能性に驚愕した。

 本当にぬか漬けの可能性は果てしない。

 今度マヨネーズと和えてみよう。



 レミアスはぬか漬けを恐る恐る口にし、破顔した。


「これは美味しいですね!初めて食べましたが、さっぱりしていてそれでいて深みがあって。不思議な……」


「気に入って頂けて嬉しいです。今回のぬか床は自信作ですのよ!深みを出すために野菜の葉を……ハッ!」


 危なかった。

 ぬか床について語りだすところだった。


 図らずもレミアスと2人きり。

 あの話をする絶好のチャンスなのに。

 幸い辺りに人影はない。

 ここ最近、レミアスがドランジュ公爵に対してどう思っているのかを探ろうとしてきたが、レミアスは公爵の話題を意図的に避けているように感じた。

 結局、レミアスの気持ちはわからなかった。

 今日はいい機会だ。もう少し深く踏み込んでみようと思う。



「レミアス……」


 私はレミアスの目をじっと見つめた。

 レミアスには昔のガリガリで不健康だった面影はもう一切ない。

 生まれ持った秀麗なラインを描く頬に絹糸のような金の髪がサラリと落ちる。

 ぬか漬けを食べる唇は淡い桃色で、白い肌に映えていた。


 ……ぬか漬けのタイミングを誤ったな。

 レミアスの絵画のような美しさにぬか漬けが完全なるミスマッチ。

 しかしお陰で冷静になれた。


「コゼット?どうかしましたか?」


 レミアスが微笑みながらこちらを向いた。


「あの……レミアスは、お父上とはどんな感じなのかな〜っと……」


 レミアスが固まった。

 当たり前だ!なんて切り出したらいいのかわからなかったにしても酷すぎる。

 ど直球にもほどがあるわ!


「そう……ですね……私とは、考え方の違う……相容れないといってもいいかもしれません」


 ぐおおお、と俯いて頭を抱えていると、静かなレミアスの声が聞こえたので頭をバッとあげた。


「相容れない……」


「父は……ルメリカと戦争をしようとしている。戦争によって莫大な利益を得られ、必ず国のためになるというが。私にはそうは思えない。いくらルメリカが小国であるといえど必ず勝てるわけではない。それに、戦争は民を傷つけ国を疲弊させる。なにより、人が……死ぬ。それで手に入る豊かさなんてかりそめだ!」


 レミアスは何かを耐えるように苦しげな表情を浮かべていた。

 私は痛ましくなって、震えるレミアスの手をそっと自分の手で包み込んだ。


 レミアスは握られた手を見つめながら続ける。


「私は戦争などするよりも、この平和の中で国の文化を豊かにしていきたい。平和だからこそ、新しい文化や芸術が生まれる。私は……画家になりたいんだ」


「そうね、レミアスは昔から絵を描いてばかりだったわね」


 幼い頃から何度も四人でピクニックに行った。

 全員が好き勝手なことをしていたが、レミアスは絵を描いていることが多かった。

 家ではあまり描かせてもらえないからといって、うちに絵を描く道具を揃えて……私達が鬼ごっこをしようと言っても断られたりしたっけ。

 凧揚げのたこも、私の下手くそな絵をゲオルグに笑われてからはレミアスと一緒に描いた。

 どんどんグレードアップしたたこは最終的になにかの芸術作品みたいになって飛ばすのが勿体無いほどだった。


「レミアスの描いてくれたたこは全部とってあるわ」


「ふふ……額縁にいれてくれていましたね。コゼットのお陰で……私は思う存分絵を描くことができた。けれど、家では……」


 レミアスの父上は彼の描く絵を、軟弱だといって破り捨てたという。


「あんなに素敵な絵を破るなんて、考えられないことだわ」


「私は、なにをしてでも戦争を回避したい。……そう、父の不正を暴くことになろうとも」


 レミアスの強い眼差しが、私を射抜いた。


「それが、聞きたかったんだろう?」


「……ええ」


 レミアスは私が聞こうとしていたことに気付いていたのか。

 なぜか後ろめたいような気持ちになって、レミアスから視線をそらしてしまった私の手をレミアスがぎゅっと握る。


「父の不正の証拠をつかむよ。恐らく私にしか出来ない」


「レミアス……」


「レミーエを王太子妃に就けられなくても父は戦争を諦めないだろう。国の上層部は少しずつ開戦へと傾いているよ。あまり猶予はない」


 ドランジュ公爵は貴族たちを少しずつ取り込んでいっている。

 王太子妃の座を狙っているのは保険のようなものなんだろう。


「でも……レミーエだけは、助けたいんだ。私はどうなっても構わない。死ねと言われれば父とともに死のう。だが、レミーエは、あの子はなにも知らないんだ。ただ、殿下を慕っているだけなんだ」


 レミアスが苦しげに唇を噛む。

 先ほどとは逆に。今度は私がレミアスの手を握る。


「大丈夫よ。レミアスも、レミーエ様も。死ぬなんてあるわけないわ。私になにができるかわからないけれど、2人を辛い目になんて合わせないんだから!」


 絶対にそんなことにさせない。

 殿下だってそんなことを望むわけがない。

 この世界での罪に対する罰の重さはよくわからないけれど、死罪なんてそう簡単にはないはず。

 …………ないよね?



「コゼット……ありがとう」


 レミアスの瞳からこぼれ落ちそうになっている涙をそっとハンカチで押さえると、レミアスに抱き寄せられた。

 私達はそのまましばらく、震える体を抱きしめあった。




 その二人を見ている人影があることにも気付かずに。




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