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アンジェとエカテリーナの一騎打ちの後、意外なほど平穏に時は過ぎた。
私からはもちろん勝負を申し込んでいないし、アンジェからも挑まれることはなかった。
殿下にまとわりついているようで、私達がお茶をしている時などによく出没したが、その時のアンジェは殿下しか見ていない。
時々私と目があうと睨みつけられるので、ほとんど会話も出来なかった。
まあ、会話が出来ないのは他にも事情があるのだが。
今日も四人で中庭にきて花見をしていると、アンジェがやってきた。
「レオンハルト様!ごきげんよう!しばらくお顔をみられなくって寂しかったです!」
「いや、昨日も会ったじゃん」
ゲオルグが突っ込むが、総スルー。
殿下はずっと苦笑いだ。
朝から放課後までの授業時間には平民特別クラスの生徒は貴族クラスに立ち入れないので、アンジェは放課後に毎回突撃してくる。
私はお団子を食べながらお茶をすすった。
「アンジェ様、お団子召し上がります?」
「レオンハルト様、綺麗なお花ですね。春は素晴らしい季節だわ!お花に囲まれたレオンハルト様はとっても綺麗!」
「コゼット、団子俺が食べる」
「私も欲しいです」
仲間外れも可哀想なので一応お団子を勧めてみるが、シカトされた。
ゲオルグとレミアスが可哀想なお団子をもらってくれた。
食べ物を粗末にするのはよくないわよ!
毎日来るので一応アンジェの分も作って来ているのだが、私の持参するお菓子の大半はゲオルグたちの胃袋に消えていた。
さすが成長期。こんなにお菓子を食べて太らないのが羨ましい。
「ゲオルグ、私はそろそろ限界です……うぷ」
「俺はあとちょっとならいける……うう……なんでいつもこんなに多いんだ……」
考え事をしていると、ゲオルグとレミアスのお茶が空になっていたのでおかわりを注いだ。
そこに、最早聞き慣れた声が響く。
「オーッホッホッ!ごきげんよう!王太子殿下!そして皆様!」
「「「オーッホッホッ!ごきげんよう!」」」
「レミーエ様。ごきげんよう〜お団子食べます?」
「結構よ!お気持ちだけいただくわ。ダイエット中なの!」
レミーエ様とともに信号機三人衆が頷く。
マリエッタ様だけは団子に視線が集中している気がするが。
思えばマリエッタ様もすっかりぽっちゃりから脱却された。
マリエッタ様はシグノーラのダイエット部門のお得意様の一人で、すっかり痩せられた今も常時ダイエット中だ。
いまは毎日タケノコを食べていらっしゃるときく。
今度タケノコの美味しいレシピを教えてあげよう。
「アンジェさん、そこは私が座るからどいていただける?」
レミーエ様がいつもの台詞を口にした。
アンジェが座っている席は、殿下の隣。
隣どころか殿下にぴったりくっつく勢いだが。
レミーエ様の言葉にアンジェは振り向きもせずに答えた。
「お断りします。招かれてもいないのに、毎日来ないで頂けますか?」
いや、貴方も招いていないが。
しかし、いつもはアンジェもここまで言わないのにどうしたのだろう。
空気がピリピリと張り詰める。
レミーエ様がテーブルクロスを握りしめた。
私は咄嗟にテーブルの上のお茶を手に取った。
ゲオルグはお茶とお団子の乗ったお皿を持ち上げ、レミアスは急須とお茶、殿下も自身のお皿とお茶を持つ。
「なんですって?!」
レミーエ様の眉がキリキリと跳ね上がり、テーブルをひっくり返した。そして手袋をアンジェに投げつける。
えええ?!決闘?!
私は取り敢えずテーブルを直してお茶を置いた。
危ないのでゲオルグと協力してテーブルをアンジェ達から少し遠くに移動する。
そして改めてお茶をすすり直してお団子を食べる。
「平民風情が生意気な!勝負なさい!」
「……受けて立ちましょう!」
「いい度胸ね!この、マリエッタが相手ですわ!」
「え?ええー?いや、はい、わかりました」
いつの間にかマリエッタ様が戦うことになっていた。
「あれ?レミーエ様が勝負するんじゃないのかしら?もぐもぐ」
「だなー。なんかよくわかんないけどあの黄色い子が勝負するみたいだな。もぐもぐズズー」
「レミーエは救世主は遅れてやってくるんですわ!とかいつも言ってますからねぇ。もぐもぐ」
「うーむ、マリエッタ嬢も気の毒だな。ズズー」
本来マリエッタ様の一騎打ちはもっと後におこるはずだ。私が勝負を挑んでいない影響だろうか?
だとしたらマリエッタ様にも申し訳ない。
一騎打ちに負けたら修道院行きという道筋を変えられないものだろうか。
それさえなかったら一騎打ちしてもいいんだけど。
シシィは、結婚出来なかった場合はこの国に居場所がないと言っていた。
結婚せずに実家に居座り続けると居場所がなくなるのは日本でも大なり小なりあったことだ。
三十過ぎて実家にいて、兄弟のお嫁さんが一緒に住み始めた時は居心地が悪くてしょうがないだろう。
だが日本では国外に出るほどのことはなかった。
それはきっと、女性が仕事をもって働いていたりして、家以外にも居場所があったからだと思う。
結婚しなくても生きていける、みたいに。
この世界の貴族の女性は外に出て働くということはほとんどない。
貴族の女性は嫁いでその家の中を取り仕切るのが常だからだ。
そこで、うーんと考える。
つまり、貴族の女性が働けるような場所があればいいのではないか。
居場所がないならば作ればいい。
うん!決めた!
結婚なんて不確かなものに左右されるのは女として悔しいしね!
私に新たな目標ができた。
考えに沈んでいると、真横から大声があがって思わず椅子から落ちそうになった。
「聞かせてもらいましたーー!!!!ここに、第2回一騎打ち対決の開催を宣言します!アンジェ嬢対マリエッタ嬢!この対決、面白いものになりそうだーーーー!!!対決内容の詳細は後日発表致します!!!」
サンディ先輩だった。耳がキーンとしている。
「サンディ先輩、あの、耳元で叫ばないでくだ……」
「解説のコゼットさん!この対決をどうみます?!」
「え?!私また解説なの?!」
「はっはっはっ!当たり前じゃないですか!」
よくわからない内にアンジェとマリエッタ様の一騎打ちがきまり、何故か私の解説就任も決まった。




