ボブじいさんとタケノコホリデー
「ヒャッハーーーー!!!」
今年もボブじいさんのクワが唸る。
我が家の竹林は年々すさまじい成長を遂げ、いまや伯爵家の由緒正しき庭園の三分の一は竹林になっている。
それとともにボブじいさんと私のタケノコ掘りの腕も目覚ましい上達ぶりだが、いくら掘っても終わりが見えない。
特に雨の後なんて絶望的だ。
雨後のタケノコとはこのことか……!と思わずガックリと膝をついてしまった。
今年はボブじいさんのゆかいな仲間たちも参戦しているが、タケノコ掘りのコツをつかんでいないのでまだまだ戦力とは言い難い。
本当、この竹なんなの?
まるでミントのような爆発的な繁殖力。
最初はほんの二、三株植えただけなのに、あっという間に竹林だよ。
今にも虎でも出てきそうだわ。
最初はボブじいさんと私だけで世話ができる程度の竹林だったのに……どうしてこうなった。
「とうっ!とうっ!とうっ!!」
考えながらもクワを振るう。
はっきり言ってタケノコなど見たくもないレベルでタケノコに囲まれているが、実はタケノコは美容効果抜群の食材である。
タケノコって三回も言っちゃった。
タケノコゲシュタルト崩壊。
最早にっくきタケノコだが、やつは食物繊維も豊富だし美肌効果もある。
この無限に湧き出ているかに思えるタケノコを活かして、シグノーラでタケノコの水煮を発売した。
一応ダイエットコーナーに置いているが、食材すら売る高級靴店って……
なんだか最初の主旨と違う方向に行ってる気がしないでもないが、大量のタケノコがもったいないんだから仕方ない。
ちなみに物凄く売れてます。
なんだか最近は、私が劇的に痩せたことが口コミで広がり、ダイエットならシグノーラと言われるようになっているらしい。
ちょっぴり恥ずかしいがみんなの期待を裏切りたくないので、私は今日も必死でクワを振るう。
「キャッ!いた〜い!いた〜いよー!」
乙女のような悲鳴が聞こえて振り向くと、ボブじいさんが五体投地していた。
悲鳴が乙女すぎて思わずあたりを見回したが、ボブじいさんの他に乙女はいなかった。
「ボブじいさん?!どうしたの?!」
私はクワを放り出して慌てて駆け寄った。
「こ、腰を……腰をやっちゃったよ〜ハ、ハ………………ガクリ」
「ボブじいさーーーーん!!!」
全治一週間。
見事なギックリ腰でした。
「お嬢様……このかきいれ時に、ゴメンね……」
私はベットに寝かされているボブじいさんの手をギュッと握りしめた。
「大丈夫よ。気にしないでゆっくり休んでちょうだい。ギックリ腰は病気よ。決して無理をしてはいけないわ。ふとした瞬間に襲い来る予測不可能なあの痛み……!考えるだけでゾッとするわ!」
私のあまりの勢いに、ボブじいさんが顔を蒼くする。
「お嬢様、その若さでギックリ腰を……?!」
「あれはいつのことだっかしら……ふと、床に落ちていたゴミを拾おうとした時に、その悪夢の時間は訪れた……」
ボブじいさんがゴクリと唾をのむ。
「重いものを持ったわけじゃないのよ。ほんの小さなものだったわ。でも、やつにはそんなことは関係ないのよ!……腰を屈めた瞬間に走った激痛に、私はそのまま一時間は動けなかったわ!少しでも動いたら、腰が砕け散るんじゃないかという恐怖で……!」
そう。そのまま娘が学校から帰宅するまで一切動けなかったのだ。一時間が一日にも感じる悪夢のような出来事だった。
「それに、やつは再発するのよ!もう痛くないし〜るんるん♪とか気を抜いている瞬間を狙ったかのように不意打ちで!」
ボブじいさんの顔色は蒼を通り越して真っ白だ。
「いい?最初が肝心よ!いまどれだけ養生するかで、今後のヤツとの遭遇率が変わるのよ!決して無理をしてはダメよ!」
ボブじいさんはコクコク頷いた。
ギックリ腰の恐ろしさをわかってくれてなによりだ。
「じゃあ、私は戦場に戻るわね……ボブじいさんはゆっくりタケノコホリデーを、楽しんで!」
「お嬢……様……」
私はクワを担いでウィンクした。
目に涙をためているボブじいさん。
もうそんなに若くないんだから、無理しないでね。
その会話を、窓の外で聞いている者がいた。
「コゼット……やはり、戦場で、そんなにつらい思いを……」
途中からしかきけなかったが、ヤツとは誰だ?
話によると神出鬼没のようだが、すさまじい手練れのようだな。
しかし、俺は負けるわけにはいかない。
もう二度とコゼットにそんな思いをさせるわけにはいかない!
明日から鍛錬の量を二倍にしよう。
伯爵家に遊びに来たゲオルグは、そう決意すると帰っていった。
「へいへいほーへいへいほー」
私がいい調子でタケノコを掘っていると、お昼を取りに行っていたシシィが戻ってきた。
「お嬢様、お待たせ致しました。……あら?ゲオルグ様は?」
「え?ゲオルグ?来てないわよ」
「あらー?先ほどお嬢様に会いにいらしたので、ここの場所をお教えしたのですが……おかしいですわね」
シシィが首を傾げている。
「まあ、そのうち来るんじゃない?とりあえずお昼にしましょう」
タケノコを掘りまくったのでお腹ぺこぺこ。
お昼のタケノコご飯はとっても美味しかった。




