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「ゲオルグ……なにを泣いている」
訝しげな声に顔をあげると、そこには王太子殿下であるレオンハルトと、現在学園の2年生のレミアスがいた。
二人の周りに距離を置いて人だかりが出来ている。人だかりには貴族や平民の生徒が入り混じっているが、全員が殿下とレミアスを見ているだけで一定以上近寄ってはいかない。
うわー、なにあれ。
近づきたくないな。2人の側によると物凄く目立ちそう。
空気の読めないゲオルグは涙を拭いながらそちらに近づいていくが……鋼の心臓だ。
私が逡巡していると、殿下がこちらに近づいてきた。
「コゼッ……」
「オーッホッホッホッホ!!オーーーーホホホホホホホ!!ごきげんよう!皆様!このアタクシ、ドランジュ公爵が令嬢、レミーエをお待ちかねでいらしたのね!お待たせして申し訳ありませんわ!オーーーホホホホホホホ!」
空気を切り裂く高笑い。
レミーエ様が翻した真っ白なドレスの裾が風に舞う。
その後ろに控えるは、赤青黄色の信号機こと三色令嬢……!
そしていつの間にか一人称が“私”から“アタクシ”にバージョンアップを果たしている……!!
相変わらずなんて見事な悪役感。感服してしまう。
ちなみに今日も縦巻きロールは絶好調である。
何年か観察していて気付いたのだが、レミーエ様の元気がないと縦巻きロールの元気もない。
今日はレミーエ様の体調も絶好調のようだ。
というか制服はどうした。
ブラウンのブレザーとチェックのスカートという何故か日本ぽい感じの制服の群れの中で、白のドレスはあまりにも浮いている。
「王太子殿下!アタクシ達は同じクラスでしてよ!さすが、学園もなかなか粋なことをしますわね!さあ、参りましょう!」
レミーエ様は殿下の腕をとって教室に向かおうとしたが、その肩をガシッと掴むものがいた。
「レミーエ・ドランジュ君。ちょっと待ちたまえ」
「なんですの?アタクシ、忙しいんでしてよ」
「とりあえず、生徒指導室に来てもらおう。話はそれからだ」
「いやああああ、殿下ー!」
ズルズルズル
レミーエ様が引きずられていった。
なんか、レミーエ様の性格がゲームと違う気がする……
いくらなんでも、これで淑女の鑑ってのは……
それから……今気づいたが、レミーエ様を引きずっていったのは恐らく最後の攻略対象者と思われる。
あの特徴的な蛍光グリーンに輝く髪はなんとなく見覚えがある。
あれ、地毛なのかな……青い髪も大概だと思ってたけど、蛍光グリーンはないわ。
すね毛も蛍光グリーンなのかな。
レミーエ様の退場とともに、人だかりも解散していった。殿下達と合流して入学式の会場に向かう。
「レミーエ様は今日も絶好調でしたね」
「高笑いがさらにグレードアップしてたな」
「制服は届いていたはずなのに、何故だ……」
取り留めもなく話しながら歩いて私達も会場に着いた。
入学式は、学園の中庭で行われる。
中庭はさながらティーパーティーのように装飾されており、会場の脇にはビュッフェ形式の軽食が並んでいる。
うあー、美味しそう。
会場の前方から学園長らしき人の声が響いてくる。
しかし入学前最後の追い込みでケーキ断ちしていた私は、欲望が暴れ出すのを抑えるのにとんでもない精神力を使ってしまっていて全く耳にはいってこなかった。
レアチーズタルト……イチゴのパンケーキ……
「私が王太子のレオンハルト・アルトリアだ。この学園に入学したからには、身分の分け隔てなく皆とともに研鑽を積み、将来のため視野を広げていきたく思う。皆もそのつもりで一生徒として接して欲しい……」
あれ?いつの間にか殿下が学園長の横で挨拶をしていた。
ケーキに目が釘付け状態で気付かなかった。
「コゼット、前向いて」
「ケーキばっか見るな。アホ」
ゲオルグとレミアスに注意されてしまった。
幸い、殿下のお姿に注目が集まっているため、私がケーキしか見ていなかったことに気付いたのは2人だけのようだ。
危ない危ない。
殿下の挨拶が終わると、そのまま懇親会にうつった。
私はふらふらとケーキの方に向かおうとする足をなんとか押しとどめ、出来るだけ優雅にみえるように紅茶をすすった。
「ふぅー体に染み渡るね〜」
「美味しい紅茶だね」
「俺は緑茶の方が好みだな」
三人で枯れたジジババのように紅茶を堪能していると、殿下がこちらに向かってくるのが見えた。
……と、私達の脇をピンク色の頭が猛スピードで駆け抜けていった。
……あれは……アンジェ?
「アンジェ……」
殿下が目を見開き、声を漏らした。
「レオンハルト様!」
アンジェが殿下に猛タックルをかました。
さすが、私達とともに鍛錬をしていただけある。殿下は軽々とアンジェを受け止めている。
「会いたかった!ずっとお会いできなくて寂しかったわ!」
アンジェは明らかに戸惑っている殿下に抱きつくと、そう声を張り上げた。
おお……積極的。でも、ちょっとマズイんじゃ……
学園では身分の差はなく平等に接することが義務付けられているとはいえ……いくらなんでも王太子殿下にいきなり抱きつくのは非難されても仕方がない。
案の定、殿下の周囲の人垣から非難の声が漏れる。
「どなたかしら……殿下に抱きつくなんて、不敬にもほどがあるわ」
「平民特別クラスの方ではなくて?」
「まあ……やはり下賤の方は……」
その人垣の中から、一人の令嬢がサッと歩みでた。
「貴女!どちらの方かは存じ上げませんが、その殿下への馴れなれしい態度!殿下ファンクラブの会長として、許せるものではありません!私と勝負なさい!」
おおおおお!あれは……!
我が同志、チュートリアル令嬢A!名前は忘れたが、あのガリガリ具合にビン底メガネは間違いない。
というか殿下ファンクラブってなんだ。しかも会長……
などと考えている場合ではない。
これは……チュートリアルの開始である。
彼女の後が私の出番……チュートリアルBだ。
まさかチュートリアルAが入学初日に起こるとは思っていなかった。
「待ってました!……じゃない、受けて立ちます!」
私が呆然としている間に、令嬢からの勝負の申し込みにアンジェが応じ、一騎打ちが行われることになった。
一騎打ちの投票日は一週間後。
殿下を含む、攻略対象者たちの投票で勝敗が決まる。
令嬢勝ち抜き戦は王太子在学中の恒例行事であるためか、学園側によって細かい詳細が決められていく。
あまりに素早く動いていく事態に、私は不安に押しつぶされそうになるのを堪えるので精いっぱいだった。




