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「それではお嬢様、またお帰りの時にお迎えにあがります」
「ありがとう。ではまた帰りにね」
私はシシィに軽く手を振ると、目の前にそびえ立つ学園の内門を見上げた。
アルトリア学園は王都の東側にある。
アルトリア王国の王都アルトニルは、街全体が円形の街壁に囲まれている。
壁の外側にも街が広がっているが、壁外の街は下町として扱われている。
アルトニルには南方にある街の門から北に存在する王城に向かって大通りが走っており、十字にクロスするように東西にも大きな通りがある。
通りが交差する部分から東にいけば学園、西にいけば貴族の邸宅街が広がっている。
大通りの交差点には広場があり、広場から南方の門にむけてだんだんに貴族以外の庶民の家屋が立ち並ぶ地域になっていく。
私はアルトニル西方にある貴族街の屋敷から、馬車で学園までやってきたのだ。
学園の外門と内門の間にある車寄せには登校してきた貴族たちの馬車が並んでおり、続々と生徒たちが内門に向かっていっていた。
侯爵以上の貴族は内門の中まで馬車で入れるが、それより下位の貴族たちはここで馬車を降りて歩いて校舎までいく。
この門をくぐると、ゲームが始まる……
ここまできたら進むしかないのだ。
私は少しの緊張とともに、高鳴る胸の鼓動を感じながら門をくぐり抜けた。
画面越しではなくみる学園は、豪華できらびやかなことこの上なかった。
広大な敷地に建つ白亜の校舎は、内門から続く緑の庭園の先にあった。
庭園には春の花々が咲き乱れ、芳しい香りがあたりに漂う。
私はゆっくりとあたりを見回しながら校舎へ向かって歩いていく。
ううー緊張する。気を抜いたらこけそうだよ。
「おーい、コゼット!」
後方から声をかけられ振り向くと、ゲオルグが走って近づいてきた。
「ゲオルグ!ごきげんよう」
「お前、大丈夫か?右手と右足が同時に出てるぞ」
「うそっ気付かなかった!……じゃなかった、ありがとうございます、大丈夫ですわ、ゲオルグ様。オホホ」
ゲオルグはここ数年で見違えるほど格好良くなった。
以前はやんちゃな美少年という感じだったのが、十五歳になった今は少年の面影はほとんどない。
顔つきは精悍そのもので、鍛え上げられた身体からはそこはかとない色気すら滲み出ている。
もう私が随分見上げなければいけないほど背が高くなった。恐らく百八十センチ近いだろう。
「まぁ、知らない奴もいるし、緊張するよな。落ち着け落ち着け」
ゲオルグが頭をポンポンと撫でてくる。
……昔は私が撫でていたのに。
随分大きくなって……思わず微笑ましい気持ちで見つめてしまう。
「な、なんだよ。ニヤニヤしやがって」
ゲオルグが顔を赤くして横を向く。
「ありがとう。ゲオルグこそ顔が赤いわよ。熱でもあるの?」
おでこを触ろうとしたが、手が届かないので頬を触って熱さを確かめる。熱は……ないな。
「大丈夫だって……なんかこのやりとり、覚えがあるな」
「あはっそうね、あれは……初めて会った時だったかしら。ゲオルグが私のことを睨みつけていて……」
「あれはっ……お前が殿下を惑わす悪女だと思っていたんだよ」
「悪女!道理でね。なんて目つきの悪い子だろうと思ったわよ」
「ははっ」
私達は笑い合いながら校舎の入り口へと歩いていった。
なぜか通学中の生徒たちがモーゼの十戎のように左右に分かれている。さすがイケメン効果は素晴らしい。
入り口には人だかりが出来ていた。
「混んでるなぁーなんかあるのか?」
「そうねぇ、タイムセールみたいね」
「タイムセールってなんだ?」
「そうね……戦場、かしら……」
「お前まさか、戦場に……!?」
タイムセール、そう……それは主婦にとっての戦場。
いつ始まるかもわからないタイムセールの始まりそうな箇所をあらかじめチェックし、何食わぬ顔をしてその周囲で待機したり……
「あれは、奇襲みたいなものだからね……」
「奇襲?!襲われたのか?!卑怯な!」
そして、タイムセールが始まった瞬間に猛ダッシュして目星を付けていた商品をひっつかむ。
しかし……
「戦果をあげられるとは、限らないのよ」
「そうだな……戦場は生き残れれば御の字の場合もある。必ずしも戦果はあげられない……」
自分の目当ての品を必ず確保できるとは限らない。
他の客に確保されてしまっていたり、目当ての品がセール除外品だったりするのだ。
「残念な結果になることもあるわ。でも、私は諦めない」
「コゼット……!俺の知らないところで、随分苦労をしていたんだな!」
せっかく出向いたセール会場。必ずお得なセール品をゲットするのだ!
ってあれ?
「ゲオルグ、なに泣いてるの?」
「お前がそんな苦しい思いをしていたとは知らなくて……俺は……ううっ」
ゲオルグが悔しげな声を出して泣いている。
まったく、体は大きくなってもまだまだ子供ねえ。
「令嬢にしてはやけに図太くてたくましいと常々思っていたが、まさかそんな経験をしていたとは……コゼット、俺はお前を尊敬する」
「…………ありがとう…………?」
なんだか失礼なことを言われている気がする。




