あの日 王太子視点
私はアルトリア王国国王が第一子、レオンハルト・アルトリア。この王国の王太子だ。
私は退屈な毎日に倦んでいた。幸いにして私は能力が高く、幼少より施されている帝王学は私にとってそう難しいことではなかった。
一度読めば大抵の書物は理解できたし、武術やダンスで体を動かす事は楽しくはあったが、宮廷からほとんど出る機会のなかった私は退屈で退屈で仕方なかった。
かといって宮廷を抜け出すほど市井に興味があるわけでもなく、なんとなく毎日をこなしていた。
将来の側近になるであろう友人はいたが、騎士団団長の子息のゲオルグは武術にしか興味がなく、宰相の子息のレミアスは陰気臭くてなんとなく好きになれなかった。
レミアスの妹のレミーエは、私の将来の妃候補らしく会う機会は何度かあった。綺麗な金髪で可愛いと思ったが、いつも高笑いをしていて意味がわからなかった。
私が王宮の外に出るのは主要な貴族達が開く茶会がほとんどで、その日もいつものように退屈な茶会で、すり寄ってくる貴族令嬢達を適当にあしらっていた。
今日の茶会会場の庭園は、王宮や他の貴族の庭園と違ってなんだか地味な気がする。
砂の上に線が引かれ、石がランダムに並べてある一画はなんなのだろう。
あそこに植えてあるのはモミジとかいう東方の樹木だろうか。赤や黄色に色づいた葉が砂の上に落ちて、白い砂との色合いのギャップが存外美しい。
先ほどから遠くでカコーンと音が鳴っているが、木こりでもいるのか?
「……早くここから立ち去りなさい!」
令嬢達の話を聞き流して庭に見入っていると、庭の隅から声が聞こえてきた。
あの声は……レミーエか。今日は高笑いをしていないのか。意外だ。
意味がわからないながら、高笑いをしているレミーエは面白いので、ここにいるよりはマシだと思ってそちらの方に向かっていった。
後からゲオルグとレミアスが付いてくるが、ゲオルグは手にお菓子を握ったままだ。
そのお菓子は串にもちもちした白い団子状のものが刺さっており、砂糖で甘く味がついている。今まで見たことがない形状のお菓子だったが、ゲオルグは大変気に入って、ずっと握り締めて食べ続けている。
メイドに菓子の名前を聞くと、
「団子でございます」
と答えた。団子とはなんなのか、と聞くと、
「お米を丸めたもので、当家のお嬢様が夢にみられたことから作られたものでございます」
という。夢にみるほどこの菓子が食べたかったのか。
変わった令嬢だ。少しその令嬢に興味がわいた。
レミーエの声がする方に歩いて行くと、誰かを大勢で囲んで糾弾している。
「コゼット、ここはあなたの花畑でしょう?!」
一人の令嬢がレミーエの後ろから押し出された。
……令嬢?雪だるまか?
しかし彼女があの菓子を……うん、食欲が旺盛なんだな。
彼女への認識は、食べるの好きそう、になった。
なんとなく、お菓子作りの得意な可愛い令嬢を想像していただけに……
自分が思い描いていた令嬢とのギャップにしばし呆然としていると、悲鳴がきこえた。
「花を摘みにきただけなのに、なにをなさるんですか!」
「なにをしている!」
その声にハッとして、声をあげた。レミーエはキツイところがあるから、相手の令嬢をいじめているのかもしれない。
後ろでレミアスがやれやれと溜息をついている。
「なにをしているのかときいているのだ!」
いま思い出しても恥ずかしいが、私はこの時、座り込んでいる令嬢が招待されていなかったなど思いもしていなかった。コゼットがその話をしていた時、私はコゼットの顔ばかりみていたのだから。
人垣のなかには、ピンクの髪をした可憐な令嬢が座り込んでいた。
令嬢は病気の母が……とかなんとか言っていたが、私は令嬢の髪に釘付けになっていた。そのためなにをいっているのか全く頭にはいってきていなかった。
ピンク色の髪、そしてその髪に囲まれた、顔……
それは、父である国王の私室に隠れるように飾ってあった肖像画に生き写しだった。
あれはいくつの頃だったか。正確には覚えていない。
今よりも幼い私は、普段は入ることを許されていなかった父の私室に忍び込んだのだ。
それは単なる好奇心と、イタズラ心だった。
父が執務中で私室にいない時は、衛兵は一人だけになる。その交代の時を狙って……
幾重にも覆われた紗のカーテンの向こうに、それはあった。
丁寧に描かれた美しい女性の肖像画。
ピンク色の髪に飾られた顔は可憐で、つぶらな空色の瞳は肖像画ですら生き生きと輝いているように見えた。
明らかに大切にされているその肖像画をみた私は、父の秘密を……見てはならないものを見てしまった罪悪感で手が震えたのを覚えている。
私は呆然と部屋を出て、私が部屋にいるとは思ってもいなかった衛兵に秘密にしてくれとお願いすると自室にもどった。
衛兵は、自分の不注意を知られたくなかったためか二つ返事で頷いてくれたが、私にはもうそんなことはどうでもよくなっていた。
一度しか見なかったあの肖像画の女性の顔は、目に焼きついたように忘れられなかった。
この、顔は……
肖像画の女性と、なにかしらの関係があることは明らかだった。
私は呆然としながら、よく回らない頭を無理やり働かせて、エーデルワイス伯爵に彼女をしかるべき場所で保護してくれるように頼んだのだ。
やっと国名が出てきました(^◇^;)




