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シグノーラ開店初日は大盛況だった。
商品の在庫は飛ぶように売れてゆき、オーダーメイドの注文も随分先まで予約がいっぱいになるほどだ。
ついつい嬉しくてにまにましてしまう。
ダイエットのためにと始めたスリッパ製作が、なんだかトントン拍子にここまで来てしまったが、自分の作った製品がこうしてみんなに受け入れられることがこんなに嬉しい事だとは思わなかった。
前世で平凡な主婦だった私には得られなかった喜びである。
同時に、前世の自分の娘くらいの年頃の女の子たちがもっともっと可愛く綺麗になっていってくれたらいいなぁと、つい母親の目線で見てしまう。
「お嬢様、なに気持ち悪い顔してるんですか。ニヤニヤして」
「なっ失礼なっ!若い女の子達が可愛くて暖かく見守ってるんじゃないの!」
「皆さま、お嬢様より歳上です。よだれたれてますよ。はい、ハンカチ」
シシィが口許を拭いてくれた。
「あら、ごめんあそばせ。そうね、忘れてたけど私十歳だったわ」
「どうみても十歳です」
シシィと軽口を交わしていると、店の入り口のほうがザワザワしてきた。
なにか問題でもあったのかと思い、ちょこちょこと近付いていった。
「お嬢様、なにかあったら危ないので待ってください!」
「だいじょーぶよお〜ちょっと覗くだけよ」
入り口付近の人だかりの隙間からちょろっと覗いてみる。
「キャー、可愛い子達ね。貴族のかたかしら?」
「ホント、どちらも素敵……将来が楽しみね」
んん?芸能人でもきてるのか?ってこの世界に芸能人なんていないか。
人だかりの真ん中には二人の少年がいた。
一人はエメラルドグリーンの瞳の明るい茶色の髪の少年。
もう一人は暗めの茶髪にブルーの瞳の少年だ。
二人とも大変綺麗な顔立ちをしていて、暗めの茶髪の少年は少々きつめの目つきだが、それがまた生意気そうな可愛さを醸し出している。また、とくに明るい茶髪の少年の顔は奇跡のような繊細な美貌で確かに将来がとても楽しみ……って。
王太子殿下じゃね?
うん、銀髪じゃないけど、どうみても王太子殿下だ。
あの茶髪はヅラだろうか。
ていうか顔立ちが綺麗すぎてめちゃめちゃ目立ってるけど、お忍びのつもりなのか。
こんなうら若き女の子がたくさんいるような店では男というだけで目立つのに……とぼんやり見ていると、殿下と目があった。
「あ、コゼット」
「……ごきげん麗しゅう、お……で……ん……じゃない、レオ様」
危ない。というかなんて呼べばいいんだろう。
私と目があうと、殿下は何故か嬉しそうにこちらに歩み寄っていらした。
隣の少年も一緒だ。心なしか睨まれているような気がするが、目つきが悪いだけだからしょうがあるまい。気にしない。
「コゼット、君が店を開くと伯爵から聞いて、是非見に来たいと思ってな」
「はぁ……光栄です。そちらは……」
「ゲオルグ・レイニードだ」
やっぱり睨まれている気がするが気にしない。目つき悪いなぁもう。
「私はコゼット・エーデルワイスと申します。とりあえず、場所を移しませんこと?」
周りの人だかりが興味津々の顔をしていて大変居心地が悪い。
「こちらにどうぞ」
私は二人を店の奥の個室スペースに案内した。
「改めまして、ごきげん麗しゅうございます、殿下。今日はわざわざお二人で店を見にいらして下さったんですか?」
シシィにお茶の用意を頼むと、二人にソファを勧めて自分も腰掛けてから問いかけた。
何故か殿下はやたらとニコニコと笑いながら頷いた。美形の笑顔は美しい。
眩しくてよく見えないくらいだ。あ、後ろの窓のカーテンあいてる。
「ああ。といっても隠れて護衛はついているがな。私としたことが、コゼットがシグノーラのデザイナーだとは知らなくてな。母上から伺って初めて知ったのだ。それが今日開店だというではないか。これは是非お祝いを言いに来なければならないと思ってな」
私がシグノーラのデザインをしていることは秘密にしていたのだが……
お母様は王妃様と懇意にしているから、そこから漏れたのだろうか。
しかし、何故わざわざお祝いを言いにくる必要があるのかさっぱりわからないが。
「それはありがとうございます。ところで、そちらのゲオルグ様は先ほどレイニードと仰いましたが、レイニード騎士団長の……?」
「息子だ」
ゲオルグがムッツリと答える。
睨まれている。面倒くさいので気にしない。
「そうでございますか」
「ところでコゼット。このお茶は変わっているな、なんだか不思議な香りがする」
殿下が不思議そうな顔をしてティーカップを覗き込んでいる。
今日のお茶はローズヒップティーだ。ビタミンを含んでおり少し酸味があるが、美容に効果がある。
「貴様!まさか毒を!!」
ゲオルグが叫びながらガタッと立ち上がった。
「ハーブを使ったお茶でございますの。美肌効果がありますわ」
「殿下!俺が毒見を!!!」
「これは変わった味だが、悪くないな。うむ、酸味がくせになる」
「ええ。よろしければ王妃様にお持ちになられます?」
「王妃様にまでだと!貴様!」
「それはいいな。母上も喜ばれるだろう」
「では包ませておきますわ。シシィ……」
「俺を無視するなぁぁぁぁあ!!!」
ゲオルグが机をバーンと叩いた。
あらー、ちょっと涙目。
「まぁまぁ。お掛けになって、ゲオルグ様。お茶でも飲んで落ち着いて」
「そうだぞゲオルグ。せっかくのお茶が冷めてしまうぞ」
「殿下……だって……」
「あ。こちらのローズヒップティーはアイスティーとしても美味しく飲めるんですのよ。フルーツと割ったりすると爽やかな飲み口になって、夏場にオススメです」
「ほほう、それは飲んでみたいな」
「だから無視するなぁあ!!!」
ゲオルグは涙目を通り越して半泣きだった。あらら、ちょっと鼻水出てるわよ。
「はい、ちーん」
「ちーん。って、やめろぉっ!」
振り払われた。反抗期かしら。
「ちょっと顔が赤いわね〜、お熱かしら」
おでこをさわって熱を確かめてみるが、熱はないようだ。
「だからっ触るなぁっ」
熱はないようだが、目は潤んでいるし鼻水も出ているので、風邪の引き始めかもしれない。なんだか息も荒いし……
「殿下、ゲオルグ君……じゃなかった、ゲオルグ様は具合が悪そうですので、今日はお早めに帰られた方がいいかもしれませんわ」
「そうか、ゲオルグ、体調が優れないのに無理をさせたな。コゼットにも会えたし、今日は帰ることとしよう。コゼット、騒がせてすまなかった」
「いや別に、体調は……」
「いえいえ、本日はこのような所にわざわざいらして下さりありがとうございます。お気をつけておかえり下さいまし」
「だから聞けやぁ!」
泣き出した。熱が上がってきたのかもしれない。
王妃様へのお土産のローズヒップティーを持って殿下は帰っていった。
はて、結局なんの用だったんだろうか。
私はあらー?と首を傾げた。




