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「アタシ?アタシはアンジェ。この世界の主人公よ!!」
しーん……
花畑に痛いほどの沈黙が訪れる。さっきまで烈火のごとく怒っていたレミーエ様ですら、ありえない生き物をみる目に変わっている。
この子……痛い……痛いわ……
これが厨二病というやつだろうか……と思いつつ、私は彼女に話しかけた。
「そうですの、アンジェ様とおっしゃるのね。ところでお伺いしたいのですが、この花畑は当家の私有地でございますの。本日はお茶会を催していたのですが、招待客のなかにアンジェ様というお名前はなかったように思うのですが……」
首をかしげて微笑むと、アンジェはたじろいたように見えた。が、それも一瞬で、すぐに先ほどのような不敵な表情を浮かべた。
「招待状なんて知らないわ。アタシ……私は、ここでイベント……じゃない。花を摘みに来たんだもの!病弱なお母さまのための花をね!」
イベント……?アンジェはあわてて言い直したが、確かにイベントと聞こえた。それより、何故か周囲に響き渡るくらいに声を張り上げているのが気にかかる。
「花を摘みに来ていただけなのに!なにをなさるんですか!」
アンジェはそう叫ぶと、突き飛ばされたように大袈裟に地面に倒れ込んだ。
私有地への勝手な立ち入りを注意してただけなのに……突き飛ばすどころか手も触れてないのに……
あっけに取られた私たちがポカンとしていると、あたりに涼やかな声が響いた。
「なにをしている!!」
声とともに颯爽と現れたのは、御年10歳になられるこの国の王太子殿下、レオンハルト様である。
キラキラと太陽の光を反射する、肩で切り揃えられた美しい髪は銀色。長い睫毛に縁取られた瞳は、エメラルドのような緑だ。まだ幼さが残るものの、奇跡のように美しい顔立ちは、一流の画家が仕上げた芸術品といえるほどだ。
そんなレオンハルト様が現れた時、アンジェの口の端が歪んだようにみえた。
「なにをしていると聞いているのだ!」
呆気にとられていた私が反応するより早く、彼女……アンジェが声を上げた。
「私はお花を摘んでいたのです。病気のお母さまのためのお花を……そうしたら、この方たちが……」
アンジェは、涙で目をうるうるさせながらレオ様を見上げた。いつの間にか土で汚れた膝を痛そうにさすりながら。
上目遣いのアンジェの顔は、とても可愛らしかった。今にもこぼれおちんばかりの大きな瞳に見つめられたレオ様は、金縛りにあったように動かない。アンジェの先ほどまでの挑戦的な姿はなりを潜め、彼女の周りにキラキラと星が舞っているのではないかと思うほどだ……って、舞ってる。本当に舞ってる。
目の錯覚かとゴシゴシ目を擦ってみるも、まだキラキラしている。よーく目を凝らしてみると、アンジェが頭をふるふると動かすたびに、髪の毛の中から銀色の粉が出てきているのがわかった。
…………フケ?
色が銀色であるため、フケではないと思われるが。それともピンク色の髪からは銀のフケが出るのだろうか。
うーむ、とフケについて考えていると、レオ様の厳しい声があがった。
「花を摘んでいただけのアンジェに暴力を振るうなんて、それでも、伯爵令嬢か!君には失望した!帰ってくれたまえ!」
「へ?」
え?私に言ってる?
キョロキョロと周りを見回すが、どう見てもレオ様の目は私を見ている。
身に覚えがなさ過ぎる上に、そもそもここは私の家……
あまりの言い掛かりに、相手が王太子殿下というのも忘れて反論しようとした私に、アンジェが追い打ちをかけた。
レオ様に支えられたアンジェは、口許を歪めながら、言ったのだ。
「姿形が見苦しい方は、性根まで見苦しいのですね……ああ、恐ろしい」
投げつけられたあまりの言葉に目の前が真っ暗になった私は、そのまま意識を失ったのだった……