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「そして、アンジェ嬢だが……その前にまずローゼ妃の話をさせてくれ。恐らくローゼ妃はヘンリー陛下の暗殺とともに亡き者にされるはずだった。しかし……ローゼ妃は陛下が亡くなられる前にその身に子を宿していた。我が身が狙われていると知った彼女は身を隠し、逃亡先でアンジェを産んだ」
「あの目立つ髪で、よく見つからずに……」
ローゼ妃とアンジェ嬢はピンクの髪をしていた。とても目立つそれらは、逆に髪の色さえ変えてしまえば逃げるのは難しく無かったのかもしれない。
「うむ。アンジェ嬢は髪を染めていたようだ。髪の色を戻したのはあの茶会が初めてであると本人が言っていた。そしてあの茶会に彼女がはいれた理由だが…手引きしたものがいるようだ」
「やはりですか……」
やっとあの茶会乱入事件の謎が解けた。手引きしたもの……考えられるのは警備を把握している人間だろうか。
「ローゼ妃の乳母の娘が、伯爵家に侍女として勤めていたようだ。彼女は王家の血を引きながら市井に身を落とし不遇に耐えるアンジェ嬢を不憫に思い、彼女に協力したそうだ」
「そうなのですか……このことは、父は知っているのでしょうか」
「勿論だ。伯爵とはあの茶会後から秘密裏に話し合っていた。今は伯爵の旧知の男爵家でアンジェ嬢の身柄を預かってもらっている。彼女の存在が公に知られれば、いらぬ混乱を招くことになるからな。全てはつまびらかにされていかなければならないとは思っているが、それは今ではない」
殿下は顔を上げると、真摯なまなざしで私をみつめた。
殿下が明らかにしようとしていることは、父王の犯した罪を暴くということでもある。
事と次第によっては殿下自身の身も危うくなる可能性もあるのに、彼はその覚悟を固めているように思う。
それは少年らしい潔癖さから現れているものかもしれないが、その真っ直ぐな気持ちを私は好ましく思った。
そして緊張からなのか、自身のやろうとしていることの重さに耐えようとしているからか…膝の上で握りしめているこぶしは白く小さく震えていた。
そこに彼の不安と弱さが見えて、この聡明すぎる王太子がまだ十歳の子供なんだと私は急に思い出した。
そして私は、この真っ直ぐな少年の心を守ってあげなければならないと、強く思ったのだった。




