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先ほどまで笑っていた王太子殿下の顔が、みるみる強張っていく。
「やはり、気づいていたか……気付いていてなにも言わないでくれていたのだな。そなたの気遣い、感謝する」
殿下は唇を引き結んで私を見つめると軽く頷いた。
「殿下……」
まるで私が最初から全てお見通しだったかのような反応だが、もちろんそんな事はない。全くの買いかぶりだ。
殿下は扉付近で控えていた侍従に軽く手を振って人払いを命じた。
すると侍従はまるで心得ていたかのように下がっていった。
「よろしいのですか?」
もちろん私に殿下を害するつもりなどある訳がないが、私を信用するのが早すぎやしないだろうか。
「ああ、構わない。ここから先はうかつに話せる内容ではないのだ」
「そなたの思う通り、アンジェ嬢は先王陛下の側室、ローゼ妃の娘……つまり先王の王女である可能性が高い。現在の国王陛下と先代が親子ではない事は知っているか?」
「ええ……存じ上げております。先王陛下は王位につかれてから一年と経たず崩御され、世嗣ぎがいなかったため、当時公爵であらせられた現王フィリップ様が即位されたのですよね。ですが確か、ローゼ妃もヘンリー陛下の後を追うように亡くなったと記憶しております」
そして当然、ローゼ妃にも子供はいなかったはずだ。
アンジェ嬢のピンクの髪とローゼ妃をすぐに結びつけられなかったのは、それが大きな原因である。
「そうだ。そなたの言うとおり、先王ヘンリー陛下には子供がいなかったため、王位には王家傍流であった我が父フィリップが即位したと……されている」
「……されている?」
「ああ。これは私の推測だが……恐らく、先王陛下の死因は…………毒殺だ」
当時、先王ヘンリー陛下と王妃の間には嫡子はいなかった。また、ヘンリー陛下は即位と共に側室としてローゼ妃を娶った。ローゼ妃への寵愛は深く、彼女もまた深く王を愛していたという。王の死を深く悲しんだローゼ妃は気落ちし、失意のあまり自ら命をたった……というのが私の知っている話だ。
「何故、毒殺だと思われるのですか?証拠は……?」
この世界には司法解剖などはないため、死体から毒を採取することはできないだろう。しかし、このような大事、確証がなければ王太子殿下ともあろう方が口にするとは思えない。
「まだ、確実な証拠が得られている訳ではないのだ。だが当時配膳を行っていた侍女が王の死後、しばらくしてから侍女の職を辞して郷里に帰った。結婚のため、ということだったが……」
「行方が知れない、のですね」
「ああ……」
恐らくすぐに消されたのだろう。しかし、もし毒殺だとして、犯人は誰なのだろう。
先王陛下が亡くなって、最も得をする人間……それは……
私の背中を一筋の汗が伝った。
まさか……
「少なくともこの事件には、我が父フィリップ陛下が関係しているだろう。だがもう一人、このことで利を得た人物がいる」
私は殿下のエメラルドグリーンの瞳をみつめ、頷いた。
「フィリップ陛下の即位と共に宰相にあがった、ドランジュ公爵……」
ドランジュ公爵……かの公爵家は、王妃の生家であるにもかかわらずヘンリー陛下には重用されず、政治的な役職は与えられていなかった。
そして現王フィリップ陛下の宰相であり、国政に莫大な影響力をもつ…………レミーエ様の、父上だ。




