18
侍従に案内されたのは、ガーデンテラスから少し離れた部屋だった。
お茶会の招待客の声もここまでは届いてこない。
侍従が美しい装飾の施された扉をノックした。
「王太子殿下、コゼット嬢をおつれいたしました」
「はいれ」
室内には2人掛けのソファが2つ、向かい合うように据えられており、間にはテーブルがあった。
王太子殿下は私が入ってきた扉より奥側のソファに座っておいでだった。
私は緊張にガッチガチになりながら、出来るかぎり優雅にみえるように歩き、殿下へと淑女の礼をした。
お母様の仕草を参考にしたつもりだが、上手く出来ているだろうか。
「失礼いたします、王太子殿下。エーデルワイス伯爵が娘、コゼットにございます。殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
「よい、呼び出したのはこちらなのだ。楽にしてくれ」
「……ありがとうございます。失礼いたしますわ」
殿下に促され、向かいのソファに腰掛けた。
良かったー普段言い慣れてないから舌噛むかと思った。
というか、「ご機嫌麗しゅう」のあとってなんて言ったらいいんだっけ。みんな大体ここで遮られるから覚えられないんだよね。
殿下の向かいでお言葉をジッと待つが、殿下は微妙に斜め下らへんを見ていてなかなか話し出さない。
何見てるのかな。……膝……?床……?
なんとなく私も同じところを見つめてみるが、特になにもない。
「あの、殿下……それで、お話というのは……」
痺れを切らして声をかけると、殿下は思い切ったような表情で私をみつめた。
怒ってる?!私、なんかした?!
怖くてドキドキしてしまう。
「その……すまなかったな、以前の茶会の時……」
「へ」
ヤバい変な声でた。
「後になって冷静に考えてみたら、お前たちがアンジェ嬢を叱責したことは、当然であると思ったのだ。彼女は招待客ではなかったようだし、丹精した花を無断で摘まれては、怒るのも無理はない」
殿下の怖い表情は、緊張の表れだったようだ。心なしか頬も紅いし、照れているのかな?
これがツンデレというやつだろうか。
うん、美形だと絵になるな。可愛いな。
でも王太子殿下が臣下に謝っちゃダメだよね。
「そんな、いいのです。私は気にしておりませんから、謝らないで下さいまし。王太子殿下ともあろうお方が、私などに謝ってはいけませんわ」
これは紛れもない本心だ。本当に全く気にしていない。
というか忘れていたくらいだ。
「そ、そうか……ありがとう」
殿下はホッとしたのか、俯きがちだった顔を上げて、くしゃりと微笑んだ。
ズキューーーーーーーーーーン
え、なに、この笑顔。ヤバい、ヤバい……
顔に熱が集まってくるのを感じる。いま私の顔は、おそらく真っ赤っかだろう……
恥ずかしすぎて、殿下から目を無理やり引き剥がすと、俯きながら少々強引に話をかえた。
「そ、そういえば、アンジェ嬢はあの後どうなったのですか?殿下がお連れになったと聞いたのですが……それにしてもあんなに見事なピンクの髪は珍しいですわよね!あのような色は、絵画でしか見たことがございませんわ。そう、あの絵は確か、先代の……」
……あれ?……そう、あんなに見事なピンクの髪は、先代の……
「国王陛下の、ご側室、の……」
私は気付いてしまった事実に、顔が強張るのを感じながら俯けていた顔を上げ、殿下をみつめた。
恐らく、この勘は当たっているという確信が、ある。




