小話
4巻が書店に並ぶころかな、と思います。
お待ちいただいた皆様、本当にありがとうございます。
応援してくださる皆様のおかげで続けてこられたと思っています。
結局、宝石はシシィに選んでもらった。
お嬢様の瞳のお色に合わせた、鮮やかなサファイアですって!
しっかし、瞳に宝石を合わせられるっていいわよね。
選ぶのも楽チンだし、それが個性的な装いになるんですもの。
日本人だったら全員オニキスか黒真珠になっちゃうけど。
宝石が決まり、私はドレスに袖を通した。ドレスを着て、髪を結いあげたら宝石を身につけるのだ。歩く身の代金の完成である。
シシィが捧げもつドレスにスッと腕を入れると、そのなめらかな感触に驚いた。
これはポリエステ……いやいや、シルクねシルク。
シルクには吸湿性もあって肌触りもなめらかなうえ、上品な光沢もある……っていうけど、こんなツルツルした生地に吸湿性があるなんて信じられないわよね。
と、まあどうでもいい事を考えながら袖を通したドレスは羽根のように軽く……なかった。
鎧のように重かった。
当たり前である。
トルソーがなくても自力直立可能なこのドレスが軽いわけがない。
「ぐっ……ふ……」
「お嬢様、お美しいです!さあ、髪をゆいましょうね。私、王都で流行している、鳩時計をイメージした盛り髪を練習致しました!」
「なん……だと!」
雷に撃たれたような衝撃が走る。
白木造りのメルヘンチックなドレッサーに鎮座している木箱はなんなのだろうと思っていたが、まさかのそれか!
フワフワのミニクッションに置かれている可愛らしい小鳥がアレか!
脳裏に浮かぶのは、歴史の教科書に載っていたルネッサーンスの写真である。
ソフトクリームののったパフェのような、デコラティブな髪型が、王都で流行っているだと?!
「待ちたまえ、シシィさんや。あんな木箱を頭の上に乗せたら、私の首がポッキリいってしまうかもしれないよ」
思わぬ衝撃に、私の言葉もおかしな口調になるってもんである。
しかしそんな私の動揺をよそに、シシィさんはイイ笑顔で首を振る。
「大丈夫ですわ、お嬢様!お嬢様はいつも鍛えているではありませんか!もちろん首だって丈夫ですわ!」
「どこの格闘家だよ?!流石に首は鍛えてないわよ!首鍛えるって、首ブリッジとかなの?!令嬢のすることじゃないわ!」
「お嬢様……」
「なによ?!」
「今更です」
シシィは哀しげに目を伏せると、小さな声で言い切った。
「お嬢様、仕上げは靴ですわ!シグノーラの最新モデルにして最高傑作を、お嬢様の晴れの日に履いていただきたいと、エドと頑張ったのです!」
晴れやかな笑顔のシシィとは対照的に、私は息も絶え絶えだった。
当たり前である。
鋼鉄の鎧のように硬く重いドレスに動きを拘束され、頭の上には鳥小屋がのっているのだ。
鳩時計とかいっていたけれど、どう見ても鳥小屋だ。
時折唐突にポッポー!とか音がなるのが無駄にリアル。
急になるからびっくりするのよ!
「お嬢様?大丈夫ですか?」
「い、いいえ、大丈夫よ……エドと考えてくれた新作、楽しみだわ」
絞り出すように言葉を発してシシィに告げる。
いくら拷問のような装いをさせられていても、シシィに悪気はないのだ。多分。
王都の流行を取り入れた装いにしてくれているだけで、決して悪気は……ないよね?
「良かった!さあこちらです!」
「これは……!」
私は驚愕に目を見開く。驚き過ぎて口までぽっかりだ。
「シグノーラの新作、ナガグッツーです!」
「えええ?!ゴム長じゃん!」
自慢げなシシィが取り出したのは、どう見てもゴム長ぐつである。
給食センターで履くような白いやつ。
「お嬢様がボブさんと開発した黒のナガグッツーを、試行錯誤の末白く染めることに成功したのです!」
「わあー……」
「水を弾くナガグッツーを染めるのは、大変な苦労でした。けれどいかがですか、この気品あるフォルム、色合い……!こらならば舞踏会でも皆様の視線を釘付けです!」
「そりゃそうだろうよ、舞踏会でゴム長履いてるんだもんよ」
そんな令嬢いてたまるか!
ダンスするたびにゴムがボコボコいいそうだわ!
舞踏会でスリッパよりもハードルが高い履物があったとは、盲点であった。
「さあ、履いてみてください!お嬢様!」
「そ、それだけは、いやあああああ!」
「お嬢様、お嬢様、大丈夫ですか?!」
「いやああああ……はっ?!」
気がつくと私は、見慣れた天井を見上げていた。
ここは……
「あれ?私の部屋……?」
気が抜けたように呟くと、シシィはやれやれといった調子で眉を下げた。
「お嬢様、悪い夢でもみられたのですか?随分うなされていて心配致しました」
「夢……なんだ、夢かあ……」
シシィがやけにリアルだったから、夢と現実をごっちゃにしちゃったみたい。
「私?私が夢に出てきたのですか?」
いかん、また心の声がダダ漏れだったみたい。
「え、ええ……シシィが、シグノーラの新作を作ってくれて……」
私の言葉に、シシィはびっくりした顔をした。
「まあ!お嬢様ったら、エドと開発した新作に気づいていらっしゃったのですか?!」
「なっ?!」
「まだ秘密にしようと思っていたのに……流石ですわね、お嬢様!」
「い、いや……そういう訳じゃ」
「みてください、新作のナガグッツー……!」
「いやああああ!」
今日もエーデルワイス邸は、平和そのものであった。
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