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第4章8

「暗殺だなんて……そんな物騒なことがまた起こるっていうの?」

握りしめた手を見ながら、私の頭の中を駆け巡っていたのは……あの夜の、ミカエルの背中に触れた時の感触。

ぬるりと滑る、真っ赤な血の色だった。


あんなことが、また起こるというの?

あんなにいたいけな、可愛らしい王女に。


この世界では珍しくはないことなのかもしれない。でも、現代日本人としての感覚が抜けきらない私にとっては、有り得ないことなのだ。

その時、震える私の手を温かいものが包み込んだ。


「コゼット、落ち着いて下さい」

「大丈夫だ。落ち着けコゼット」


心配げに見つめるのは、慣れ親しんだ幼馴染みの姿だった。

彼らの瞳を見るうちに、恐ろしい想像が消えて行き、知らずうちに早くなっていた鼓動が落ち着いてくるのを感じた。


「怯えさせてしまいましたね……すみません」

「いいえ、いいえ。いいのよ、もう大丈夫。ショッキングな出来事が続いたからかしら、随分臆病になってしまったみたい」

「そうだな、最近忙しかったもんなあ」

そう言うと、ゲオルグはグン、と身体をそらして伸びをした。

「何はともあれ、ミカエル陛下がご快癒なさって良かったですね」

「だなあ。しっかし、病み上がりなのに無茶するよな。城に帰って来てからほとんど寝てねーみたいだぜ」

「なんですって?!」

世間話のように軽く話すゲオルグの言葉に衝撃をうけ、私は思わずその両肩に手を置いて詰め寄ってしまう。

「お、おい、落ち着けって。い、痛いって!お前、いつの間にこんなに力ついたんだよ!」

「家事で鍛え上げられた主婦の力を侮らないでちょうだい!ってそんなことはどうでもいいのよ!あんなに重症だったのに、ゆっくり休んでいないなんてどう言うことなの!」

「いや、知らねえよ」

「お前を守るためだ、コゼット」

「え……」


唐突に聞こえてきた声は、耳に馴染んだ懐かしいものだった。

振り向くとそこに居たのは、やや疲れた表情をした、レオンハルト王太子殿下だった……



「私を守るためって……」

新しく淹れなおした紅茶で唇を湿らせて、私は恐る恐る質問を投げかける。

香りを楽しむように口の端をあげた殿下は、いつも通り麗しい。……しかし、なんとなく不機嫌そうな気がしてついビクビクしてしまうのだ。

朝帰りを嫁に咎められた夫じゃあるまいし、そんなに気にするのもおかしいとは思うのだけれど……何故か居心地が悪いのよね。


「言葉通りの意味だ。大挙して押し寄せようとするルメリカ貴族たちを、コゼットに近づかせないために、忙しく動き回っている」

「私に近づくって……そんなことをしてなんの意味があるのですか」

キョトンと首をかしげる私に、殿下はやれやれと溜め息をつく。

うっ……美形の冷たい表情って、綺麗なだけに怖いわ……

「コゼットを次期王妃にと考えていると言うことですね」

「今までは国王の気まぐれで済ませようとする動きが強かったがな。しかし今回の事件で、保守的な貴族たちの見方も変わった」

「今回の事件でですか?でも私は何もしていないのに……」

何度思い返して見ても、大した役にもたっていないのだ。むしろ捕まったりして迷惑ばかりかけていた気がする。

困って眉を下げていると、殿下は肩をすくめた。

「実際はどうであれ、いまやお前は、国王の病を治した救国の乙女だ。取り入って置いて損はない」

「でも今回の事件では、むしろアンジェの力が大きくて……あ、そういえばアンジェはどうしたのかしら!?いやだ、私ったら自分のことばかりですっかり……!」

いくら昨日はクタクタでなにも考えられなかったからって……!

だって王城のベッドってば、物凄いフカフカだったし、可愛らしい抱き枕はいたし。

もうめちゃめちゃぐっすり寝れちゃったっていうか。

ていうか、今朝起きてからもガブリエラ様に夢中だったのよね……ああ、私ったら、私ったら……

ずどーんと自己嫌悪に陥っていると、プッと吹き出す声が聞こえて慌てて顔を上げる。

「クッ……ふ、ふは……」

「……殿下?」

「コゼット、心の声、漏れてるぞ」

「うええ?!」

スコーンをかじりつつ、呆れた眼差しでツッコミをいれるゲオルグ。

「クク……安心しろ、アンジェ嬢は元気だよ」

「本当ですか?!よ、良かった……」

「ああ。だが国王の恩人とはいえ、犯罪の前歴があるものを王宮に入れるわけにはいかないからな。今頃は、ジュリア嬢と宿でゆっくり休んでいるだろう」

「そ、そうなんですか……よ、良かった」

ほっと息をついた時、久しぶりに

笑っている殿下の顔が見れたことに気付いた。

「……笑った」

「え?」

「ずっとしかめっ面だったから。やっと笑った顔が見れました」

「な……」

殿下が驚いたように目を丸くしているところに、ゲオルグが声をかける。

「ずっとしかめっ面だったもんなあ。殿下も素直になったらいいのに」

「ゲオルグ!」

ゲオルグの言葉に、何故か顔を赤くする殿下だったが、ひとつ咳払いをすると私のほうに向き直った。

そのあまりに真剣な表情に、なんとなく身構えてしまい、妙な緊張感に心臓がドキドキと激しく鼓動を刻み出す。

「しばらく振りだったが、元気そうで安心した。やはりコゼットが……いや、お前たちもだが、皆が不在だと寂しく感じるな」

「そ、そうですね。私も、殿下がいないと……あっ、いえ……その」


将来の側近とも言えるゲオルグとレミアスがお側に居ないのは寂しく感じるだろうけれど……私のことも思い出してくれていたんだ。

一緒にいるのが当たり前の幼馴染みだったから、普通なのかもしれないけれど……心の中がじんわりと暖かくなるのを感じる。

「コゼットも寂しく思ってくれていたのか……?」

私の顔を覗き込むようにする殿下は、何故か不安そうに瞳を揺らしていた。

「当たり前です……!だって殿下は私の……!」

「私の……?」

そこまで言ってから、私ははた、と周りの状況に気づいた。

そう。生暖かい目で私たちを見守っている、残り二人の幼馴染みの存在だ。

我に返った私に、猛烈な恥ずかしさが襲いかかってきた。

こんな公衆の面前で、私は何を口走ろうとしいたのか!

恥ずかしさのあまり、私は椅子を蹴倒すように立ち上がるとガッツポーズを決めた。

「忘れる訳がございませんわ!だって殿下は、私の上司ですから!それでは失礼します、ボス!」

そう叫ぶと、私は自分史上最高の早歩きで中庭から駈け去った。


「上司……」

「そう来ましたか」

「間違ってはいねーな。うん」

「上司……」

「殿下、お気を確かに」

「レミアス……上司って……」


幼馴染み三人が残された中庭では、なんとか笑いを堪えたレミアスが、ズーンと落ち込むレオンハルトの肩をポンポンと叩いて慰めるのだった。

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