第4章6
掴もうとすると、スルリとこぼれ落ちるガブリエラの艶やかな髪。
それを編み込んでみたり、結い上げてみたり……前世で毎朝、娘の髪を結っていたのを懐かしく思い出す。
「なんて綺麗な髪……ガブリエラ様は、本当に天使みたいね」
「そ、そんなこと……」
頬を赤くし、照れて俯く様子がいじらしい。
「……コゼットはお母様みたいね」
「お母様にいつも、髪を結ってもらっているの?」
「……」
それきり、ガブリエラは黙り込んでしまった。
ガブリエラのお母様は、お忙しい方なのかしら。
まあ、ミカエルのお母様でもあるのなら皇太后陛下とかだろうからなあ。
考えつつも、ガブリエラの髪を結い上げていく。
ゆるい編み込みにして、お花を飾って……
「出来た!」
「コゼット、なにしてるんダイ?」
「え?そりゃあもう、可愛いものをさらに可愛くしているに決まっているじゃない」
「ワオ!」
なにを当たり前のことを。
バッカねえ〜と手をパタパタさせながら振り向くと、そこにはいつの間にかミカエルが立っていた。
寝こけていたのであまり時間の感覚がないが、確かえっと……
「昨日ぶりかしら?おはようミカエル!」
「わーたーしーのー記憶が確かならば〜……二日ぶりの再会ダネ!おはようコゼット、ガブリエラ」
秀でたおデコに人差し指をあて、考え込むようにしてから、ミカエルは輝くような笑みでそう答えた。
やけに聞き覚えのある勿体つけた口調が朝からそこはかとなくうっとおしいが、その元気そうな様子に少しばかり安心する。
「元気そうで良かったわ。ね、ガブリエラ様!」
大好きなお兄様が元気になったのだもの。嬉しいに決まっているわよね。
ニコニコと笑いながらガブリエラを振り返ると……ガブリエラは真っ赤な顔をして、ミカエルを睨みつけていた。
「ガブリエラ様……?」
私の言葉に、彼女はハッと意識を取り戻したかのように何度か瞬きを繰り返す。
「ガブリエラ、なんだか久しぶりだネ!会えて嬉しいヨ!ハハッ!」
どこぞのランドのキャストのように、大袈裟な仕草でお辞儀をするミカエル。普段よりも更におどけた仕草なのは、幼い妹の気をひくためなのだろう。
ガブリエラは、再びキッとミカエルを睨みつけると、プルプルと震えながら口を開いた。
「おっおっおっ」
「おっおっおっ……?」
「げ、げ、元気……おっ……」
「ガブリエラ?」
「……っ!」
「ガブリエラ様?!」
顔を真っ赤にしたガブリエラ様は、止める間も無く踵を返すと、泣きながら部屋から逃げ出した。
残された私は、一瞬あっけにとられたが、後を追わねばと急いで立ち上がる。
しかしその時、ミカエルが悲しげな声を出したことで足を止めた。
「僕は、ガブリエラに嫌われてるみたいなんダ。いつも逃げられちゃうんだよネ……」
「ミカエル……」
どうして?ガブリエラは、どう見てもミカエルの事が大好きなのに。
兄妹の意外なすれ違いに、私は目を丸くした。
ミカエルは先ほどまでガブリエラが座っていた椅子に優雅に足を組んで腰掛けると、寂しげなため息を漏らす。
「ミカエル、ガブリエラ様と一度よく話して見たほうがいいわ。そうしたら、お互いに対する誤解も溶けるはずよ」
「誤解、か……」
「だってガブリエラ様は……いえ、私が言ってしまうよりも、本人から直接聞いたほうがいいわ」
二人で話し合えば、すぐにとはいかなくとも、分かり合えるに違いないわ。
些細な喧嘩をしても、いつの間にか仲直りをしている……兄弟ってそういうものだもの。
二人が仲良く喋っているのを思い浮かべ、素敵な想像ににまにましていると、いつの間にかお茶を淹れに行っていたらしいミカエルが戻って来た。
「まあ! 気が回らなくてごめんなさい!」
しかしミカエルは、それに構わず口を開いた。
「コゼット、この国……ルメリカの王位継承については知っているカイ?」
「王位継承……?」
急に変わった話題に、私は戸惑って首を傾げるばかりたった。




