第4章3話
ひとしきり泣いて落ち着いた私は、ゲオルグに促されて馬車から降りた。
子供のように涙をこぼした気恥ずかしさにゲオルグの顔が見られない……誤魔化すように顔を横に向けると、明けたばかりの朝陽が眩しく、涙で赤くなった目に痛いほどだった。
「……いいお天気になりそうね」
「だな!筋トレ日和だぜ!」
朝陽の似合う爽やかな笑顔で言い切るゲオルグに、私は思わず笑みを浮かべた。
どんな時でも平常運転のゲオルグに、どれだけ救われてきたかしら。
清らかな陽の光を浴びるゲオルグは、太陽みたいに輝いていた。
前世を引きずって、いつまでも子供を見るような目線でいたけれど……私が気づいていなかっただけで、ゲオルグはもうとっくに大人へと至る階段を登っていたんだ。
大人ぶっていた私の方が、ずっとずっと子供じみていたのかもしれない。
朝陽に輝くルメリカ王城を見上げる私の心に、まるでゲオルグみたいな爽やかな風が吹き抜けていった。
初めて間近にみるルメリカ王城は、眼下に市街を見下ろす高台に建っているせいだろうか、街から眺めている時よりも大きく感じた。
城の周りをぐるりと城壁が取り囲み、深く掘られた堀にかかった橋から続く城門は、遠目からみてもかなり堅牢そうな、立派なものだった。
しかしアルトリアのそれと比べると、優美さや荘厳さよりも、実用性を重視した武骨な印象を受ける。
アルトリアの王城は某ネズミの国のシンデ◯ラ城のような繊細で美しいものだが、ルメリカ王城は全体的に灰色で無駄な装飾を排除している感じだ。
練兵場を兼ねているらしい前庭では兵たちが訓練を始めようとしているし、アルトリアにあるような彫像や東屋などは見当たらない。
「……えっと、なんて言うか……防御力が高そうなお城というか」
「訓練しやすそうな城だな!」
「うん。確かに……ってそうじゃなくて。共感しづらい感想すぎるわ!でもそうよね、普段からこんなに熱心に訓練しているのかしら」
「あ〜……うん」
「なんだか物騒な感じだわ……」
車寄せから訓練の様子を見ながら訝しがる私に、ゲオルグは奥歯に物が挟まったような返答をしていたが……物々しい雰囲気に気を取られていた私は、それに気づかなかった。
明け方から集まった兵たちは、上官らしき将兵の指示に従って真剣に訓練に取り組んでいる。
前世を含め兵隊の訓練風景などを見たことがない私は、それがかなり実勢的な雰囲気のあるものだということに気づけるはずもなかった。
ぼんやり眺めていると、いつの間にか私たちの前に王城の侍女が整列していた。
私たちが気づいたのを見て、並んでいた四人の中から、年かさのひとりが前に進みでて礼をとる。
「失礼いたします。ゲオルグ様とコゼット様でいらっしゃいますか?」
「ん?おう!あれ?王太子殿下は?」
「レオンハルト殿下は既にお部屋にお戻りになられました」
「そう……」
先に行ってしまわれたのね。そんなに怒らせてしまったんだ……そう落ち込みそうになる私の背中を、ゲオルグが勢いよくバシンと叩いた。
「いっ……?!」
不意打ちの衝撃に声を上げそうになった私だったが、いたずらっ子のように笑うゲオルグの顔を見て、釣られて笑ってしまった。
「もう!……あは!」
「気にすんなよ。ったく、殿下も付き合い悪いな!それで俺たちはどうしたらいいんだ?」
「国王陛下より、まずはごゆるりとなさって頂くよう申しつかっております。ゲオルグ様はあちらに、コゼット様はこちらにご案内致します」
私たちには、それぞれ客室があてがわれるようだ。
「んじゃあ、後でな!」
「ええ!……ゲオルグ、ありがとう」
背中に残るジワリとした熱さが不意にはなれ、なんとなく心細くなる。
思わず振り返った私にむけて、ゲオルグは安心させるように快活に笑うと、私とは反対方面へと去っていった。
ゲオルグの姿が消えると、待っていた侍女に促され、私も移動を開始した。
侍女によると、私にあてがわれた客室はゲオルグたち男性陣とは離れた棟の部屋であるらしい。
王城を始め、貴族の屋敷などでは男女で別棟の部屋を使うことはよくあることなので、私も特に気にすることなく侍女の後をついていった。
女性用の棟は随分と奥まった場所にあるのか……ゲオルグと別れた車寄せから、既にかなり歩いた気がする。
ふと周囲を見回すと、いつの間にか廊下の壁や床などの意匠が、豪華なものに変わっていた。
廊下に面した中庭には早春の花が咲き乱れ、東屋も設置してあり、武骨な印象だった前庭とは異なる趣きを見せている。
「……こちらのお庭には、花が植えてあるのね」
やっぱりこういうお庭の方が好きだわ。花を見ていると心が安らぐし。
心の中の小さなささくれが、穏やかになっていく気がする。
ふわりと漂ってきた花の香りを楽しんでいると、植え込みの向こうにある東屋に、人影があることに気づいた。
「……あなたがコゼット?」
「……え?」
私が気づくのと同時に……いや、それよりも前から気づいていたのかもしれない。
まるで待ち構えていたかのように、東屋の中にいた人物が立ち上がった。
現れたのは、カラスの濡れ羽色の艶やかなストレートヘアーを背中に垂らした、年の頃は十歳くらいの美少女だった。
お人形さんのような小作りの顔は可憐で、髪と同じく漆黒の双眸は、けぶるようなまつ毛に彩られている。
しかし、月を落としたような美しい曲線を描くその眉毛はきつく寄せられており、憎々しげに何かを睨みつけている……なにかを……
って、あれ?睨まれてるの……私?
美少女はキッと私を睨みつけたまま、ビシリと細い指をこちらに突きつけて来た。
「お兄様は、渡さないんだから!」
「え……ええー?」
は、話が、見えない……
可憐な美少女に意味もわからず指をさされ、私は弱り切って眉を下げるのだった。




