第3章44
「王太子殿下?!どうしてここに……?」
「あれ?殿下、お久しぶりです」
驚く私とは対照的に、ゲオルグの反応はケロリとしたものだった。
「……ゲオルグ、全然驚かないのね」
「ん?ああ、父上から手紙が来てたしな」
「しゅうぞ……いえ、騎士団長閣下から手紙ですって?!なんて羨まし……いえ、なんでもございませんことよ」
こそこそとゲオルグとやり取りをしているうちに、すぐ目の前までレオンハルト殿下が近づいて来ていた。
夜目にも鮮やかな銀髪がサラリと揺れると、懐かしい香りが鼻腔をくすぐり、キュッと切ない気持ちになった。
「コゼット。久しぶりだな。ケガはないか?事件に巻き込まれたと聞いたが……」
肩に手を置いた殿下は、私の身を案ずるように、顔を覗き込んで確認する。
ち、近いよ〜!
ミカエルもだけど、この世界の男の人は人と人との距離が近すぎるよね。
パーソナルスペース狭いっていうのか……顔を合わせたら友達、口をきいたら親友的な外人みたいな。
あ、でもよく考えたら外人よね。金髪とかだし。
「で、殿下。お久しぶりです」
背中に汗をかきつつ、殿下を押しやろうとしていると、グイッと後ろに強い力で引っ張られた私は、思わずたたらを踏んだ。
「コゼット!」
「きゃあっ!何するのよ!って、ミカエルかあ〜やめてよ、びっくりするじゃない」
「ハハッ!ゴメンゴメン!困ってるように見えたからサ〜!」
器用にもゲオルグに背負われたまま、私の腕を引き寄せたミカエルは、悪びれることなくヘラヘラと笑っている。
対して、急に私が引っ張られたことで、両手を振り払われたような形になった殿下はみるみる顔を険しくしていく。
「お前は誰だ。何をしている」
「殿下、俺の背中にいるヘロヘロのが、ルメリカ国王ミカエル陛下です!」
おおい!ゲオルグ!?不敬罪的なサムシングはオーケー?!
そして、お願い!空気を読んでプリーズ!
張り詰めた空気を一切気にすることなく、全開に爽やかな笑顔で言い放つゲオルグに、私の背中の冷や汗が止めどない。
殿下のこめかみに、ピキリと青筋が浮かぶ。
「……だろうな。……お初にお目にかかる。私は、アルトリア王国王太子、レオンハルト・アルトリアだ。私の部下が失礼な口をきいて申し訳ない。ルメリカ国王ミカエル陛下が急病で倒れたと伺ったので、わが父であるアルトリア国王の名代として病状伺いに参った。……寝室は空っぽだったようだがな」
「ハハッ!それはそれは、有難いコトダネ!すでにご存知のようだケド……僕がルメリカ国王、ミカエルだよ。こんなナリだし、失礼はお互いサマーだよ!寝室には飽きちゃってネ〜」
「……ほう」
ここに、空気を読めない子、二号の誕生である。
ミカエルはヘラリと笑いながら、ゲオルグの背中で手をヒラヒラさせた。
殿下の青筋は、すでにいつ切れてもおかしくないレベルで膨張中である。
うん、もはや逆に血抜きしてあげたいレベル。
「私の部下の背中は、さぞ居心地がいいでしょうな。……ところで、その手を離してくれないか」
「……ン?」
殿下の視線の先を見ると……ミカエルに掴まれたままの、私の手があった。
ミカエルも殿下の視線を辿り、自分の手を見るが……繋がれたままの私の手を見て、離すことなくヘラヘラ笑うのみだった。
「ヤダ」
ビキビキ
殿下!青筋!青筋が……!
「……離してくれ」
「ヤダ」
嫌な空気に包まれたその場で、ゲオルグとミカエルを除く全員が冷や汗をかいた状態で固まっている。
「……ミカエル陛下にお聞きしたいのだが。何故、コゼットの手を掴んでいるのだ?」
「ンン?コゼットは、僕の大切な人だからかな?」
「……ほう。奇遇だな。コゼットは、私の妃になる予定なのだが」
「アレ?おかしいなあ?僕の調べたところによると、ソレってまだ決まっていないよネ?ハットリ?」
「ハッ!?ハ、ハア!ま、まだ、アルトリアの王太子妃は決まっていないでゴザル!」
青筋を浮かべたまま器用に微笑む殿下と、ヘラヘラ笑っているミカエル。
両者ともに笑顔なのに、謎の緊迫感に包まれる現場に巻き込まれたハットリさんは、心底迷惑そうな表情を浮かべながらそう答えた。
その顔には、巻き込まないでくれ、とデカデカと書いてある。
ハットリさんの答えに、殿下の白い顔が、どす黒い怒りに歪んだように見えた。
「……ほう」
次の瞬間、目にも留まらぬ速さで繰り出された手刀が、私とミカエルの手をスパーン!と切り離した。
「イターイ!!」
「さ、コゼット。疲れただろう。早く馬車に乗るんだ」
「チョップ!いいの?!」
「さ!」
殿下にサッと抱え上げられた私は、あっという間に馬車の中に押し込まれ、馬車は颯爽と走り出したのだった。
……いつの間にか滑り込んでいた、ゲオルグを乗せて。
「ゲオルグ?!ミカエルは!?」
「ん?ハットリに載せてきた!」
「ええええ?!」
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