第3章43
「ふう……楽勝だぜ!」
「助けてくれてありがとう、ゲオルグ!」
「おう!無事で良かった……ん?震えてるな。怖かったんだな。可哀想に」
産まれたての子鹿のように膝を震わせている私の手を引いて引き上げ、痛ましげに見やるゲオルグ。
……昔から、ゲオルグは本当に優しい。森のクマさんみたい。
しかし、私が震えているのは恐怖のせいでは無い。
「心配しないで。ダイエットグッズの新たな可能性に、全身の悪寒が止まらないだけなの」
「そうか……?」
なおも痛ましげに見つめてくるゲオルグに、いい笑顔を向けた。
「ええ!というかこの件ではじっくり話し合いが必要だと思っているわ」
口から飛び出そうとする『後で校舎裏に集合な』という言葉を無理やり押し込め、私は笑顔を向けた。
「ゲオルグ殿、感謝いたす。こちらも片付いたでござる」
服部さんの方をみやると、ダンヒルがトレーニングチューブでぐるぐる巻きにされていた。
抜け出そうともがいているが、ダンヒルを拘束しているチューブは極太の超強力タイプだ。引きちぎれるわけがない。
「この武器は斬新ダネ!捕縛にも使えるなんてスゴイよ!それに、さっきの輪っかはなんだい?!素晴らしい武器だね!」
「ハッハッハッ!俺のふらフープは特別製だからな!」
トレーニングチューブをみょんみょんしながら褒め称えるミカエルに、ゲオルグは自慢気に鼻をかいた。
……このヤロウ。いつの間に特別製なんか作りおったのか。
後で宿屋裏に呼び出し確定である。
若干イライラしながら床に落ちたふらフープを拾いあげた時、慌しい足音と共に、大勢の人間が駆け込んできた。
「兄貴!兄貴!生きてるか?!無事かっ!?」
「ハイ!エリオット!ひっさしぶり〜!」
転がるように駆け込んできたエリオットさんは、手を挙げてふにゃりと笑ったミカエルをみて、がくりと脱力した。
「あれっ?どこか怪我でもしたのカイ?!あっまた転んだんデショ!まったく、エリオットは小さい頃からそそっかしいからナ〜」
「クッ……」
「ド、ドンマイ、エリオットさん……」
ヘラヘラと笑うミカエルをギロリと睨みつけたあと、エリオットさんははあーと大きなため息をついた。
「はあ……まあ、無事ならいいけどな。いきなり城から消えたって聞いたときは、生きた心地がしなかったぜ。頼むから無茶はしないでくれよ……一応、国王なんだぜ」
「ハハッ!ウン、ゴメンね。……でも、コゼットは僕にとって譲れない人なんだ」
良く通る声でそう言い放ったミカエルは、私に向かって意味あり気にウインクを寄越した。
予告なく放たれた言葉に衝撃を受け、頭の隅に追いやっていた、少し前の記憶が脳裏にフラッシュバックする。
『……心から君を愛している。僕の生涯の伴侶となって欲しい』
見つめ合った瞳の黒曜石のようなきらめきや、端正な唇から漏れる吐息まで蘇ってくるようで……って、ミカエルの顔近っ!
いつの間に?!
気づいたら、ミカエルが私の顔を至近距離こら覗き込んでいた。一瞬で真っ赤になった私は、眼前に迫ったミカエルの整いすぎた顔をぐいっと押し返した。
「近あああああい!」
「ワォ!?コゼット、顔が真っ赤ダヨ?フフ……知恵熱かな?」
「……うるさいっ!」
ミカエルといると、どうも調子が狂うったらないわ!
沸騰した頭を冷ますためにも、ミカエルのいるベッドから十分に距離をとって警戒していると、エリオットさんが再び大きなため息をついた。
「はああああ……元気そうでなによりだよ……コゼット嬢も無事で良かった」
「ハハッ!エリオットのおかげダヨ!」
「フン……またうまく使われちまったな」
悔し気に憎まれ口を叩くエリオットさんだったが、その表情は何処と無く……嬉しそうにみえた。
その後、私たちは早々に引き上げることになった。
解毒剤を飲んだとはいえ、病み上がりで体力を消耗しているミカエルを早く休ませたかったからだ。
エリオットさんは、関係者の捕縛やリヨネッタ邸の調査、証拠固めと事後処理など諸々の仕事のために、屋敷にとどまって任務にあたるそうだ。
そうしてエリオットさんの用意した馬車に揺られ、ルメリカ王城にたどり着いた頃には、東の空が明るくなり始めていた。
話は少し遡る。
閉じ込められていた部屋を後にして、屋敷の玄関の方に向かう途中には、そこかしこにリヨネッタ様の私兵が倒れ伏しており、生々しい剣戟の跡がみえる。
私はそれをあまり視界に入れないようにしながら、足早に歩みを進めた。
私以外の面々は、あまり気にしていないようだったが……男性陣はともかく、アンジェはよっぽどの修羅場をくぐり抜けてきたんだなあ、と思い、胸が少し痛くなった。
屋敷の車寄せに着くと、エリオットさんが用意してくれた馬車が二台停められていた。
二台とも、地味だが見るからに設えの良い馬車で頑丈そうだ。
「ゲオルグ、大丈夫?馬車まであと少しよ」
「本来ならそれがしが背負うべきところ、かたじけないでござる」
「ハットリ様も怪我していらっしゃるんですもの!仕方ないですわ!」
「あんなジジイ相手に不覚を取るとは。このハットリ、一生の不覚でござる」
「……悔し気なハットリ様も……イイ!」
「ん?こいつ、軽いから全然大丈夫だぞ」
「ン〜流石に軽いって言われるのはちょっぴり傷つく……なんてネ!全然平気!」
ミカエルを背負ったゲオルグを中心に、ワイワイと話しながら馬車に近づいていくと、片方の馬車の扉が開き、中からレミーエ様が飛び出してきた。
「「レミーエ様!」」
「コゼット、アンジェ……!無事……無事なのね?!ああ神様!良かった……!」
ぶつかるように私たちに抱きつき、レミーエ様はポロポロと大粒の涙を流した。
少しの間にやつれたようなその姿に、胸がギュッと熱くなる。
「レミーエ様……」
「本当に、本当に心配したのよ!?あなたたちは無茶ばっかりして!潜入なんてする前に、どうして知らせてくれなかったの!」
「ごめんなさい……」
「すみません……」
涙でいっぱいになった瞳に睨みつけられ、私たちはしおしおと項垂れるしかなかった。
「きっとジュリアも怒っているわよ。雷が落ちる覚悟をしておくことね」
「くうっ……!」
ジュリア様の雷……きっと物凄いんだろうな。しかし私は気付いてしまった。恐らく、いや確実に、シシィの雷も同時に落ちてくるだろうことに。
「帰りたくなーい……」
「あら!そんなことを言っていいのかしら?貴女の帰りを待ちわびている方が、我慢できずにお迎えに来てしまったっていうのに!」
「まさか、シシィ?!」
腰に手を当ててそう言い放ったレミーエ様の言葉に、私は思わず身構えてしまった。
そして、その台詞を合図にしたように、馬車の扉が再び開かれた。
「コゼット!会いたかったぞ!」
「王太子殿下……?!」
絹糸のような銀髪を翻し、軽やかに地面へと降り立ったのは……レミアスを後ろに伴った、レオンハルト殿下だった。




