第3章42
しばらく話し込んでいると、ミカエルの顔色が悪くなってきたので、少し休憩することにした。
額に浮かんだ汗を拭き、水を飲んだミカエルは、ベッドに身体を横たえるとすぐに寝息をたて始めた。
「だいぶ疲れていたのね……無理をさせてしまったわ。ハットリさんが水筒を持っていてくれて助かったわね」
「フ……当然でござる」
「さすが、ハットリ様ですわ!」
顔を覆うニンジャスカーフをばさりと翻し、戦隊モノのような謎のポーズを決めるハットリさん。そしてすかさず褒め称えるアンジェ……
なんかいつの間にか馴染んでるな、あの二人。
ちなみに、ハットリさんが持っていたのは、私には馴染み深い竹筒だった。
やっぱり忍者だけあって、東国の出身なのかもしれない。
もしかしたらヨシヒーローさんとも知り合いだったりして。この屋敷から無事に脱出できたら、聞いてみようかな……
キャイキャイと盛り上がる二人を横目に窓に近寄り、開かないか試みるが……残念ながら鍵が掛けられていて窓は開かなかった。内側に鍵がないかと探してみたが、見つけられたのは鍵穴だけ。
「内側からも、鍵を差し込んで開け閉めするの窓なのね……」
「どの窓も同じタイプの鍵でござる。しかし窓の外は掴まる所のない壁だったゆえ、ミカエル様を連れて降りることは難しいでござるな」
「うーん……」
「この屋敷はなかなか、用心深く造られているでござる」
以前監禁された、グランシール侯爵家とは違うということか。
ニンジャであるハットリさんや窓からの脱出経験がある私はまだしも、アンジェや本調子でないミカエルには窓からの脱出はきついだろう。
当然ながら、入ってきた扉も鍵がかかっていて開かない。
「とりあえず、エリオットさんを待つしかないか……」
つらつらと考えごとをしながら、どれだけ経っただろうか。ベッドサイドでぼんやりしていた時、ふと顔を上げると窓の外が光ったような気がした。
「あ……」
「ム。安心めされい。合図でござる」
ハットリさんは声を上げるや否や、素早く窓に近づき、チカチカとランプの光を何度か瞬かせた。それと時を同じくするように、階下がにわかに騒がしくなり始める。
奥まったこの部屋まで怒号や剣戟の音が響いてきて、私はぶるりと身体を震わせた。
「コゼット、大丈夫だヨ。君は僕が守るから」
「ミカエル!起きたのね。身体は大丈夫?」
振り向くと、ミカエルが身体を起こしていた。先程よりも随分顔色が良くなっていて、ホッとする。
「ウン。すっかり気分がいいヨ。ン〜随分騒がしいネ。エリオットが来たのかな」
「恐らく。しかし随分賑やかでござるな」
「……そうね、剣戟の音らしきものも聴こえてくるし……」
ハットリさんから聞いていた作戦では、エリオットさんがこの部屋でミカエルと合流し安全を確保してから、兵隊を呼び込む手はずだった。
「なにか、不測の事態でも起こったのかしら」
そう呟いた時、部屋の扉がノックもなしに勢いよく蹴り開けられ、必死の形相のダンヒルが飛び込んできた。
ダンヒルは持っていた杖を両手で握ると、杖に仕込まれていたらしい剣を構え、憎悪に燃える瞳でミカエルを睨みつける。
「……国王!もはや一刻の猶予もない!死んでもらおう!」
「なっ……!」
「させぬ!」
「キャアア!」
年齢を感じさせない速度で剣を振りかぶったダンヒルに、ハットリさんが飛びかかった。
どこに隠していたのか、短剣を両手に持ち、クロスさせてダンヒルの剣を受け止める。
ギリギリと二人は鍔迫り合いを続けるが、ダンヒルの背後から武器を持った十数人の私兵たちが現れ、ジリジリとこちらに近づいてきた。
ダンヒルと鍔迫り合いを続けるハットリさんは、焦ってこちらに目線を寄越すものの、動けない。
「ミ、ミカエル!アンジェ!」
「ダメだ、コゼット、下がって!」
「キャアア!ハットリ様……!」
思わずミカエルとアンジェを守ろうと前に出た私は、なにか武器はないかと辺りを見回した。しかし当然ながら、武器になるような物はない。
「いやよ!諦めないわ!絶対に、守るんだから!アンジェはミカエルについていて!」
「コゼット!」
「コゼット様!」
ベッドサイドに置いてあった、空の花瓶を手に取った私は、起き上がろうとするミカエルに向かってアンジェを突き飛ばした。
そして自分の顔ほどもある花瓶を振りかぶると、あらん限りの大声で威嚇する。
「こっちに来るんじゃないわよ!このスットコドッコイ!トラックに比べたら、あんたらなんて怖くもなんともないんだから!」
「スットコドッコイ……?」
「トラック……?」
だが、私兵たちは首をかしげるものの、ジリジリとした歩みを止めることはなかった。
狭まる包囲網。私兵たちの剣が間近に迫り、最後の抵抗に、花瓶でぶんなぐってやる、と勢いよく花瓶を振り下ろした時。真横の窓の外に、物凄い速さで彗星の如くなにかがこちらに向かってくるのが見えた。
「うりゃああああ!」
「っだらああああああああ!」
ガッシャアアアアアアアアアン!!
先頭にいた兵に向かって花瓶を投げつけたのとほとんど同時に、外側から窓が派手に突き破られた。
ガラスを撒き散らし、私の投げた花瓶を受け止めた私兵を、そのままの勢いでなぎ倒したのは……ゲオルグだった。
「ゲオ……ルグ?」
花瓶を投げた姿勢のまま固まった私は、ぽかんと口を開けてゲオルグを見上げた。
ゲオルグはこちらにチラリと視線を寄越すと、立ち上がろうとする私兵に容赦のない回し蹴りを叩き込む。
「コゼット!無事か?!」
「ぶ、無事よ!ななな、なんでここに?!」
「話は後だ!こいつらを片付けちまうから、待ってろ!」
言うが早いか、ゲオルグは鬼神のような働きで兵士たちをなぎ倒していった。
一斉に襲い来る兵たちに、ゲオルグが放ったのは、まさかのふらフープ。
「ふらフープ?!なんで?!」
「うらあっ!」
ふらフープは空中でシャキン!と音を立てると、輪っかの内側と外側に無数のトゲトゲが現れ、高速で回転しながら兵たちをぶすぶす刺して行く。
「いだっ!いだだだだっ!」
「お次はこれだっ!」
ゲオルグが懐から取り出したのは……
「ト、トレーニングチューブ……?」
二メートルはありそうなトレーニングチューブだった。しかも極太。
ゲオルグはチューブを振りかぶると、勢いよく回して私兵に向かって振り下ろした。
まさしくムチのようにしなるチューブは、私兵の顔面にパチーン!とクリーンヒット。
「おらおらおらおらおらあ!」
「あばべぶっ!」
「ぐはあっ……」
あっと言う間の出来事だった。
気が付けば、部屋の中になだれ込んできた私兵は全て昏倒し、トレーニングチューブでぐるぐる巻きに縛り上げられていた。
大変長らくお待たせしてすみません(>_<)
なお、書籍版の3月11日に発売決定致しました!
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