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第3章41

「お取り込み中のところ、恐縮なのでござるが……」

「ほわっふ!?」

くっ!

急に暗闇からささやかれたせいで、おかしな声が出てしまったではないか。

私たちを包んでいた、一瞬にも、永遠のようにも感じた静寂を破ったのは、耳慣れない声だった。

しかし令嬢たるもの、暗闇から妙な声が聞こえたからといって動揺してはならない。したがって、おかしな声もあげていない。あげてないったらない。


「なっん、ごきげんようっ!」

「ごきげんようでござる。驚かせてスマンでござる。しかし随分面妖な悲鳴でござる」

「聞き流せばいーのにねー!」


改めて声のした方を見やると、全身黒づくめのいかにも忍者然とした男がベッドサイドの枕元にしゃがみ込んでいた。

……正座で。

うん、これは……。


「ハイ!ハットリ!ごきげんYO!」

「すっごい陽気ですこと?!」

「ごきげんYOでござる。お邪魔して申し訳ないでござるが、それがしもそろそろ足が痺れてきたでござるよ」

「冷静な返し!って、いつからいた系のやつ?!」

「最初からでござる」

「あーー!!」


思わず頭を抱えて振りたくってしまった。

は、恥ずかしい!

よく鈍感とシシィに怒られる私でも、さっきまでのがラブシーンだったことくらいは認識している。

しかしハットリく……ハットリさんは、動揺を隠せない私をさらりと無視して立ち上が……れなかった。


「ハットリ?!」

「ずっと座ってたから、あ、足が……痺れ……」

「忍者なのに?!」

「フーン。ツンッ」

「あわわわわわ」

「ミカエルも容赦ないわね!?」


その後しばらく、ハットリさんは足を抱えて唸っていた。

そうこうしている間に、水を探しに行っていたアンジェが戻ってきた。


「な、何者……!ハ、ハットリ様?!」

「ム。左様でござる」

「キャー!私、ファンなんです!握手してください!」

「ム。もちろ……あわわわわわ。まだ、痺れが……」

「痺れしつこっ!」


こうして私たちは、なんだか情けない忍者との合流?を果たしたのだった。


「それじゃあ、扉の隙間からアンジェに薬を渡した後、すぐにこの部屋に向かって隠れていたの?」

「そうでござる。詳しくは、窓を開けて壁の外に出てから二十センチ隣の足場に足をかけて五十五センチ隣の……」

「すっごい詳しそうだから教えてくれなくて大丈夫よ。そういうのは後でミカエルだけに教えてあげてね」

「いや僕も聞きたくないケドネ!」


どうやらハットリさんは、寝室の扉の前にアンジェが来た時、少しだけ扉を開いて薬を手渡していたらしい。

そしてその後、寝室を抜け出してこの部屋に潜んでいたと……


「あれ?合流するなら、最初からハットリさんが直接、ミカエルに薬を渡したら良かったんじゃないの?」

「ハッ?!」


私の指摘に仰け反るハットリさん。

オイ……。


「そういえばそうだネ。なんで?」

「ム。合流出来るかわからなかったからでござる。そのため、薬を分散したでござる」

「なるほど。アンジェにも渡して、自分でも持っているってわけね。……理由があったなら、なんで仰け反ったのよ」

「ノリでござる」

「クッ……!」


なんなの、この忍者!?

ツッコミが追いつかない!

殴り飛ばしたくてウズウズしている自分の腕を抑えつつ、ギリギリと歯噛みしている私とは対照的に、このノリに慣れているのかミカエルは普通に対応していた。


「流石はハットリだネ!あ、そうそう、ここからは抜け出せそう?」

「ム。それがしひとりならばイケるでござるが、陛下を抱えては難しいでござるな」

「エー。そんなに太ってないと思うけどなー」

「陛下はデカイでござる」

「それは確かにそうですわね」


うーむと考え込むアンジェとミカエル。

ていうか、アンジェも馴染むの早いな。


「大丈夫でござる。いま、エリオット殿がこちらに向かっているでござる」

「エリオットが?それなら安心だネ」

「エリオットさんが!……でも、いくら国王陛下が囚われているとはいえ、こっちも不法侵入だし……大丈夫なの?」


ルメリカの法律がどうなっているのかはわからないが、私たちは立派な不法侵入である。しかも国王たるミカエルはまだしも、私とアンジェは名前すら偽って潜入しているし。

不安に思って見つめると、ミカエルは安心させるように優しく微笑んだ。


「大丈夫ダヨ。そのためのエリオットなんだから。忘れたかい?ここはいわばエリオットの実家ダヨ」

「あ、そっか……」


エリオットさんがこの屋敷に入っても、不法侵入にはならないのね。というかリヨネッタ様たちはエリオットさんを捕まえる訳にもいかないし、すごくやりにくい相手なんだろう。


「ところで……証拠は掴めた?」

「勿論でござる」

「流石だネ!」

「調べるのに時間はかかり申したが、バッチリでござる。急に寝室まで侵入したのには肝を冷やし申したが、ご令嬢方がかき回してくれたお陰で一気に捗ったでござる」

「なっ!わ、私がハットリ様のお役に立てたなんてっ……ハフゥ」

頬を染め、夢みる瞳でふらりと倒れるアンジェを支えつつ、私は気になるフレーズについて問いかけた。


「証拠?」

「国王暗殺の証拠ダヨ。実はハットリは前からリヨネッタ邸を内偵してたんだ。君たちが潜入するとは思わなかったケド。全く、危険をかえりみないで……無謀にもほどがあるヨ」

「そ、それはごめんなさい……」


ミカエルのチクリとした嫌味に、私とアンジェはバツが悪くなって少し俯いた。


「いいヨ。教えてくれればいいのにとは思ったケドね。なにか話せない事情があったんデショ?まあ僕が意識を取り戻して、詳しい情報が聞けたのは昨日の事だからネ。慌てたよ〜」


エリオットさんの掻き集めた薬でなんとか意識を取り戻したミカエルは、内偵をしていたハットリさんから私たちが潜入しているという情報を聞いて、慌ててここに向かって来てくれたらしい。

ミカエル専用のお忍び通路を使ったそうだが……今頃王宮は国王失踪で大騒ぎだろう。

そうして城を抜け出し、街で再会したレミアスからも情報をもらったミカエルは、ハットリさんに解毒剤の入手を命じた。

ああ……今悔やんでも仕方ない事だけれど、最初から全部伝えていれば良かったのかもしれない。

結局、かき回しただけで何の役にも立てなかった。力なく肩を落とす私たちを励ますように、ミカエルは明るく笑った。


「ハハッ!全部上手くいったから大丈夫サ!忘れたかい?ハットリはルメリカいちの凄腕忍者ダヨ!」


ミカエルの声に励まされ、気を取り直して顔を上げると、私は調子を合わせて軽口を叩いた。


「忘れたっていうか、それは初めて認識したわ。意外とすごいのね、ハットリさん」

「ム。輝けるサンシャインハニーコゼット殿は、辛辣でござるな」

「くおお!」


こ、この忍者……!

なかなかやるな!

仰け反る私を尻目に、アンジェは首を傾げながら問い掛ける。

ア、アンジェ、このあだ名?に動揺しないなんて……なかなか肝が座っているわね。


「前から内偵していらしたんですか?」

「ウン。マークはしてたよ。僕の暗殺事件の犯人としてではないけど……いつかこういう事をするとは思っていたから。でも細々とした犯罪の証拠はあっても、潰せるほどじゃなくってネ」

「潰す……」

なんとなく不穏な単語に、知らずうちにコクリと喉を鳴らしていた。

それに気づいたのか、ミカエルは申し訳なさそうに少し眉を下げる。

「ゴメンね。国王ってのも、綺麗事だけじゃやっていけなくて。不穏分子は潰しておかないといけないんだ」

「でも、エリオットさんの……ううん、ごめんなさい。なんでもないの」


私の言おうとした言葉に気づいているだろうに、ミカエルは何も言わずに眉を下げるだけだった。

ミカエルがエリオットさんを信頼し、可愛がっている事は、たった何日間か一緒にいる私にも十分に伝わってきた。

だが、その母上のリヨネッタ様は、ミカエルを暗殺しようとまでするひとだ。

信頼する弟の母親……罪を犯したとはいえ、そんなひとを断罪することは、ミカエルにとっても苦しい選択に違いないのに。


「ゴメンね、コゼット」

「私に謝ることじゃないわ。私こそごめんなさい」


眉根を寄せて俯く私の手を、ミカエルはそっと握ってくれた。大丈夫だよ、と励まされているようで……ジワリと安心感が広がる。


「愛でござるな……」

「ここにきて、まさかのミカエル様ルート?!」

「ム」


そんな私たちを見て、ボソボソと言葉を交わすアンジェとハットリだった。


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