第3章35
「それで、なにが起きているのか、いちから説明して下さるわよね?」
説教タイムを終え、清々しい表情を浮かべたジュリア様は、シシィの淹れた芳しい紅茶で口を湿らせるとにこやかに微笑んだ。
にこやかなのに。
有無を言わせぬ迫力があるのは気のせいだろうか。
「う……」
「でも、ジュリア様たちを巻き込むわけには……」
「説明して下さるわよね?」
何故だろう。
笑ってるのにすごい怖い。
なんだかこういうの、前にも見たことがあるような気がするな……
ふと既視感を感じて後ろを振り返ると、満面の笑みを浮かべたシシィが紅茶の入ったポットを持って佇んでいた。
「お嬢様、紅茶のお代わりはいかがですか?」
「いや、シシィ。まだひと口も飲んでない……」
「さぞや喉が乾かれたことでしょう。これからたくさんお話しされるのですから、ちゃんと水分補給をなさらないと」
「……」
うん。シシィさんの笑顔が超怖い。
この既視感はこれだな、うん。
笑顔の圧力に負け、私たちはしぶしぶと口を開いた。
「ええと、それではお話しします。けれど、絶対に無理な手出しは無用でございます。それだけお約束してください。まず……ルメリカ国王であらせられる、ミカエル陛下があの事件以来、臥せっておられることはご存知ですよね?」
私の言葉に少し不満げな顔をしながらも、ジュリア様をはじめ、レミアスとゲオルグも神妙な顔つきで頷いた。
だが、侯爵令嬢であるジュリア様や、お家復興に尽力するレミアス、そして将来有望な伯爵令息であるゲオルグたちを解毒剤を盗み出すなんてことに荷担させるわけにはいかないのだ。
私だって、なにかあったらお父様たちにご迷惑がかかる。そのために入念な準備をして潜入しているのだ。
「ええ、もちろん。あの襲撃事件の傷の治りがかんばしくないのだと存じておりましたけれど……」
「はい、それももちろんなのですが……恐らくは、矢に塗られていた毒が原因で臥せっておられるかと」
「なんですって?!」
毒、という言葉に、私とアンジェ以外の面々の顔色が変わる。
「あの件から後、エリオットさんはお忙しく動いていらしてほとんどお会いできていないので正確な情報ではありません。ですので推測ではありますが」
アンジェの前世の知識を披露するわけにはいかないので、実際言えることは少なかった。事件の夜以来、エリオットさんは解毒剤を探すのに東奔西走しているらしく、レミーエ様づてに時々情報が伝わってくる以外に接触がないのが現状だ。
「それでは、毒が使われていなかった可能性もあるということですか?」
「そうですね……けれど、私たちはその可能性はほぼないと思っています。そして、毒が使われている前提で、解毒剤を探しているのです」
私の言葉に、ジュリア様たちは考え込むように眉をしかめた。
そしてジュリア様は、細い眉をキリリと釣り上げ、表情を険しくしてガタリと立ち上がった。
「毒の種類もわからないのに、解毒剤ですって?そんな雲をつかむような話で、私を煙に巻こうとしているのね!?」
「ジュリア嬢!落ち着いてください!コゼットのことです、私たちには考えつかないような知識があったとしても不思議ではありません!」
「そうだぞ。まずは話を聞くべきだ」
レミアスとゲオルグが、いきり立つジュリア様を押しとどめてくれているが……随分買いかぶられているようでいたたまれない。
私の知識ではなく、アンジェの知識だというのに……話すわけにはいかないが。
チラリとアンジェに目線をやると、何故か彼女も申し訳なさそうに眉を下げていた。
「知識というほどのものではありませんが……私は、毒薬の使用、そして解毒剤の存在も確信しています。もちろん、犯人にも目星をつけています。証拠と言われると、これはもう、勘というしかありません」
出来る限り真摯な気持ちで、私はジュリア様たちにそう告げた。話せることは少ない。けれど、これほど心配をしてくれている優しい彼女らにこれ以上の嘘はつきたくなかった。
ジッと目を見つめる私をしばらく睨むように見つめ返した後、ジュリア様は諦めたように大きく溜息をついた。
「はあ……勘ですって、勘!勘ね……。ああ、もういいわ。それで貴女たちは、その『勘』に従って解毒剤を探してるってわけなのね……」
呆れた!とジュリア様は声を上げる。しかしその声に、先ほどまでの炎のような怒りは感じられなかった。
「すみません……」
「いいの、いいのよ……はあ……」
なんとなく申し訳なくなって謝ったが、ジュリア様は疲れたように顔を覆ってしまった。
「あの、私が……えっと、昔に知り合った商人から得た情報があったのです」
「アンジェ?!」
唐突にアンジェが声を上げ、私は仰天した。不用意に知識を話しては、前世の記憶があることがバレてしまうかもしれないのに……ハラハラ。
心配して見つめる私に向かって、安心させるように頷くと、アンジェはたどたどしく言葉を紡ぎ出した。
「以前知り合った商人が、エリオットさんのお母様……リヨネッタ様に、毒薬を融通したと漏らしていたのです。それで……」
「なるほど、リヨネッタ様ですか……あの方ならやりかねませんね……」
「レミアス、知ってるのか?そいつがミカエルに毒を盛ったってのか?」
「リヨネッタ様とは、ご挨拶程度ですが一度だけお会いしたことがあります。実の妹の結婚ですからね。エリオット殿はレミーエを会わせたくないと言っておられたが、流石にドランジュ家当主として、一度も会わないと言うわけにはいかないですから」
ルメリカ国内の情勢に疎いゲオルグとジュリア様に、レミアスが説明を付け加える。
「リヨネッタ様はルメリカ前国王の側室であらせられ、今も宮廷に対し少なくない権力を持っている方です。そして、エリオット殿を玉座に据えることを未だ諦めていない……」
「なんてこと……!」
「ふん、なるほどな」
「ええ。リヨネッタ様が襲撃事件の裏にいると考えて間違いないと思います」
全員の顔を見渡してそう告げると、皆、神妙な面持ちで頷いた。
「そして、解毒剤はリヨネッタ様が持っています。私たちはそれを手に入れるために、その屋敷に潜入する手筈を整えていたのです」
「「「なっ……!」」」
ここまで話してしまったなら、と観念して最後まで話すと、三人は驚愕に目を見開き固まってしまった。
「でも安心してちょうだい。もう、手筈は……」
「どうして!どうしてお嬢様がそんな危険なことをしなければならないのですか!」
その時、悲痛な叫びが私の言葉を遮った。
驚いて振り向くと、シシィが目に涙をいっぱいに溜めて両手を握りしめて震えていた。
「シシィ、落ち着いて……」
「こ、国王陛下とはいえ、初めて来た国の、他家のお家騒動です!お嬢様がわざわざ危険に飛び込む必要がどこにあるんですか!」
「いや、あのね、シシィ!」
「エリオット様にお任せしておけばよろしいのです!お嬢様が動かれる必要などありません!」
「シシィ!」
取り縋るように私を抱きしめるシシィに、強く声をかける。私の常にない叱責に、シシィはビクリと大きく身体を震わせた。




