第3章31
ざわざわ……
なんだか周りが騒がしいな。
なにかあったのかな?
現在、私は調理場の外で芋の皮むきをやっている。
芋はどこでも芋なのね。
私が先程から剥き続けているのは、サトイモのような……というかサトイモだ。
アルトリアではジャガイモしか見かけなかったから、サトイモは無いのかと思ってたけど、あったのね。
この世界は、前世とほとんど野菜とかの食材が一緒だから良かった。
万が一、主食が虫とかだったら……と思うと、今更ながらゾッとする。でももし生まれつきそれを食べてたら、慣れるのかなあ?
そんなどうでもいい事を考えつつ、ザルに残っていた最後の芋を剥き終わると、すでに剥き終わった芋の山にのせた。
ざっと五十個以上は剥いただろうか……ふう。なかなか手が疲れたが、前世の惣菜屋でのパート経験が生きている私には造作もないことだ。芋よ、参ったか!
「……ん?」
知らないうちに、私の周りを調理場の料理人たちが囲んでいる。
彼らは驚愕の眼差しでこちらを見つめているが……なにかおかしな事でもあっただろうか。
「あの、ヌルヌル芋を、こんなに早く剥き終わるなんて……!しかもなんなんだ、この美しい形は!?」
「なんて綺麗な六角形なんだ……本当に全部ひとりで剥いたってのか?なんかズルしたんじゃないのか?」
「いや、俺は見てたよ!こいつはひとりで全部剥きやがったんだ!」
芋の山を指差しながら、料理人たちは口々に言い募る。
……ヌルヌル芋?
まさか、正式名称じゃないよね?
私に皮むきを指示した料理長も、ヌルヌル芋の皮を剥いてみろ!とか言ってたけど。
「コゼッ……コーデリアさん、すごいですね。さすがです」
アンジェが私の剥いた芋をみて、そう呟いた。ちなみにコーデリアというのは、私の潜入するための偽名だ。
レミーエ様の結婚式の件で、もしかしたら名前を知られているかもしれないので、念のため偽名を名乗ることにしたのである。
アンジェはおそらく知られていないので、そのままだが。
アンジェのほうを見ると、彼女の前にあったジャガイモの山は……山のままだった。皮付きの。
もちろん、最初に料理長に渡された時よりは減ってはいるが、半分も剥き終わっていない。
しかもあまり上手くない……
「たいしたことないわよ。昔、沢山剥いたことがあるだけよ。手伝うわ」
私はアンジェの剥いていた芋を剥き始めた。
ヌルヌルするサトイモよりも断然、楽である。
ジャガイモの皮を剥き終わると、周りにいた料理人たちは愕然とした表情で口を開けていた。
「なんて早業だ…」
「俺、料理人やめようかな……」
なんだか地面に手をついて、落ち込んでいる人までいる。
すると、人並みを掻き分け、料理長がこちらに向かってきた。
「お前ら、なにしてんだ!持ち場に戻れ!」
「「すいません!」」
蜘蛛の子を散らしたように料理人たちが去ると、料理長はマジマジと芋の山を見た後、サトイモをひとつ手に取った。
「ふん……なかなかやるじゃねえか。そのお綺麗な手を見た時には、流浪の料理人なんて見え透いた嘘だと思ったもんだが……」
実は、私のおばちゃんの変装は、料理長によって早々に見破られていた。
何故ならば、私の手がおばちゃん料理人にしては綺麗すぎたからだ。
まあ、私も忘れがちだが伯爵家の!貴族の!令嬢なので(忘れがちだから強調してみた)水仕事などしたことのないような綺麗な手なのである。主にシシィの努力によって。
そのためか、調理場で雇ってもらいたいと申し出た私たちに、料理長から試験を課されたのだ。
雇って欲しくば、この芋を剥いてみろ!と。
「これで、雇ってもらえるのよね?」
綺麗に剥かれた芋山の前で、私は腕を組んで胸を張った。フフン!主婦を舐めるんじゃなくってよ!
「くっ……仕方がない。俺も『有名な』料理長だ。お前らを雇おうじゃねえか」
「決断が早くて助かるわ。……早くしないと……」
「早くしないと?」
訝しげに首を傾げる料理長に、私はひとつ頷くと重々しく告げた。
「芋が変色するわ」
「水ーー!水を持ってこーい!」
料理長は、遠巻きにこちらを見ていた見習いに向かって、大声で叫び声をあげた。
剥いた芋が入りきる大きさの容器がなかったので、ザルの上に山にしておくしか無かったのである。
その日の夜。屋敷の中の一室で、白い髪の壮年の男と料理長が向き合っていた。
部屋はあまり広くはないが小綺麗に整えられており、白髪の男の前の机には書類やらが几帳面に積まれている。
男のかける机の前に立つ料理長は、緊張した面持ちだ。
料理長からの報告を受けた壮年の男は、テーブルの上に両ひじを置き、軽く溜め息を吐いて頷いた。
「ふむ……それでは、その者らは本当に料理人だったのですね?」
「へ、ええ。ま、間違いないと思います。でなければ、あんなに早くヌルヌル芋の皮を剥くことができるとは思えません」
「そうですか。わかりました。ご苦労様です」
壮年の男に礼をすると、料理長は焦ったように足早に部屋から出て行った。まるで一刻も早くこの部屋から出て行きたいと言いたげな足取りだが、それもいつもの事である。
白髪の男は、リヨネッタ夫人の屋敷の一切を任されている使用人頭であり、この屋敷の執事のダンヒルという。
たとえ料理長であっても、このダンヒルの判断によっては減俸や、最悪クビにされることもあるのだから。
料理長は今日新しく料理人を雇ったことで、ダンヒルに呼び出されたのだ。しかし、たかが料理人を二人雇うくらいなら、本来は料理長の権限でのみ行えるはずだった。
それにも関わらず、ダンヒルから緊急で呼び出された料理長は首を傾げながらも急いで使用人頭の部屋にやって来たのだ。
料理長が部屋から出て行った後、ダンヒルは席を立って自ら紅茶を淹れた。
庶民とはいえ、王の元妾妃の家の執事であるダンヒルの飲む紅茶は、当然のように最高級の茶葉である。
その香り高い琥珀色に目を細めると、ダンヒルはカップを傾け、ほっと息をついた。
「……本当に料理人だったか」
今は、リヨネッタ様にとって大切な時期である。万が一の危険を考えたが……杞憂でなによりだ。
ダンヒルは紅茶を飲み干し、キッチリと結ばれたタイをわずかに緩めて目を瞑ったのだった。
多忙につき、更新ペースが遅くなっています。
申し訳ありません(>_<)
 




